はなれ瞽女おりん 水上勉 新潮文庫
大学生の頃、水上勉の「越前竹人形」を読んでそれまで訪れたことがなかった北陸に興味をもち旅行したことがある。
越前海岸の水仙が一斉に咲いている冬の時期だったが、まさに水上勉の小説の世界を見ることができて忘れられない旅になった。
その後、彼の作品、この「はなれ瞽女おりん」を読んだが、それこそ「越前竹人形」以上に北陸の冬のあのどんよりとして雪の舞う世界と、そこに流れる物悲しい雰囲気にぴったりの物語に、当時、流行作家、多作作家と言われてどちらかというと少し、低く見てしまっていた彼の文学者としての才能に感動したことを思い出す。
久しぶりに読んでみたけれど、それこそ50年近く前の旅行の時に一人であるいた越前の景色を思い出した。
50年程前を最後にいなくなった瞽女といわれる盲目の門付芸人を主人公に、大正時代のシベリア出兵時期を時代背景とした恋愛小説ともいえる作品だが、多くの名作を残した水上勉の作品群の中でも特に好きな作品だ。
盲目の少女おりんは、6才の時に母を亡くし、瞽女屋敷といわれる盲目の女旅芸人の親方のところへ貰われていく。
そこで三味線と唄を教えられた、おりんは，20才の時に男に犯され、男と交わってはならないという瞽女屋敷の掟をやぶったとして、一人で旅をせざるを得ない「はなれ瞽女」となる。
貧しい北陸の盲目の女たちが辿らなければいけなかった何とも過酷で悲しい運命と、しかし女としての自然の生理とのこれも哀しい葛藤という重い題材が、北陸のあのどんよりとした風景の下で語られる――。
そんなおりんの前に現れたのは、徴兵を逃れて脱走した鶴川だった。鶴川は流れの下駄職人としておりんと共に旅をするが、おりんがどれほど求めても鶴川はおりんの肌に触れようともしない。
ある時、おりんに一目ぼれしてしまった男がおりんを強引に犯すが、それを知った鶴川はその男を殺してしておりんの前から姿を消してしまう―――。
鶴川を追う憲兵と警察、そしてその鶴川とおりんの再会、鶴川との別れ、と物語は、救いようのない哀しい結末へと進んでいくのだが―――。
救いようのない結末だが、そういう結末だからこその深い感動を味わえる作品だ。
（80年12月発行）