生きづらい明治社会 松沢祐作 岩波ジュニア新書
格差社会ということば、勝ち組、負け組という言い方がよくされる。
勝ち組になった人は努力した人であり、負け組は努力を怠った人、能力の低い人なのだからその結果はある程度致し方ないことだ―――という考え方を著者は「通俗道徳」であると切り捨てる。
生まれついて金持の家に生まれた者は、十分な教育の機会にも恵まれているから勝ち組になる可能性は高いが、貧しい家庭に生まれた者はそういったチャンスにも恵まれず、努力しても報われることが少ないとなれば当然、負け組になる可能性が高いが、それをすべて自己責任だと言ってよいものだろうかという議論は、よく提起されるところであるけれども、それを「通俗道徳」と言ってしまってよいものかというジレンマに陥ってしまうのが現代の悩める人々なのではないだろうか。
明治150年を迎えてそれ以前の社会にくらべて一応四民平等がうたわれ、だれにでも努力次第によっては報われる社会が実現したといわれる明治という時代を再評価し、さらには「明治の精神に学び、日本の強みを再認識する」ことを政府が打ち出してはいるが、著者は、明治はそんなに「よい時代」ではなかった、人々は旧弊から解放されたかもしれないが、それはとりもなおさず人々が「不安と競争」のなかに投げこまれる生きづらい世界でもあったという。
地租改正によって個人の土地所有権が確立したかもしれないが、それは、それまで農村にあった共同体における弱者救済のしくみを破壊してしまったし、借金のせいで土地を失う農民を大量に産み出したではないか、明治の都市においてもまた、膨大な数の下層民が貧民窟に住み、劣悪な環境でその日暮らしを続けざるを得なくなったではないか―――と次々と例証するなかで、それは現代の日本社会における「通俗道徳」に囚われた人々の、過酷な自己責任論と共通するものだという。
リベラル社会運動家と言われる人々の論理と同じように、社会格差を糾弾し、そのような格差にも冷酷に自己責任論を述べる一部勝ち組に対する非難は、誠に的を射たものであると感じるが、その返す刀が、著者の蔑む「通俗道徳」が全ての悪の大本である！というかの如き論旨にも、それでは明治以降の日本の全てを否定するのか、努力をした結果成功を掴んだ人を、「単に運がよかっただけ」と切り捨てるのか、という戸惑いを感じてしまうのはなぜだろうか。
岩波ジュニア新書と名打って少年向けに書かれた一冊らしいが、一昔前の共産党オルグのアジ本に似た雰囲気もあって、批判力の弱い少年達に、この種のアジを一方的に吹き込むのは、決して勧められないなぁ〜ともおもった。
もちろん、政府の吹き込もうとしている「明治はよかった」調の国威発揚宣伝の有害さも非難に値するとは思うが―――。
(18年9月発行)