カンディード ヴォルテール 晶文社
ヴォルテールが代表作「カンディード」を発表したのは1759年というから今から260年近く前だ。
西洋における「小説」の始まりはセルバンテスの「ドン・キホーテ」だとも言われるがこのカンディード辺りからいよいよ近代小説と言われるジャンルが確立していったのではないかとも言われている。
なるほど、この一見ファンタージ小説ともいえるこの物語には、当時ライプニッツが提唱していた彼の楽天思想、すなわち全知全能の神が全てを司るこの世の出来事は例えどんなに悲惨な死であろうが、どんなに苦しい責め苦であろうが全てが「最善であるに違いない」、という哲学に帰納する！という思想を信じている主人公カンディードが彼自身の遭遇したリスボン大地震をはじめとする様々な艱難を通じて、徐々に、そういった運命論にこだわり続けるのではなく、「労働こそ人生を耐え得るものにする唯一の方法である」という人生論を持つに至るという「ヴォルテールの人生哲学」に思い至るまでを波乱万丈の物語の中に詰め込んだ小説であり現代でも、いや現代であればなお更にこの小説の持つ思想性の重さ、面白さが分かる。
興奮のあまり、キュネゴンド姫に口づけを交わしたばかりにカンディードは何不自由なく暮らしていた城から追放された。
この物語はそれからのカンディードが諸国を歴訪した国々、遭遇した様々な事件、（なかには黄金郷で巨万の富を得るといった出来事を含め）を通じてライプニッツ哲学の間違いに気付く―――すなわちカンディードの成長物語である。
カンディードが理想の女性として追い求めていたキュネンゴンド姫も過酷な運命に晒されさらに歳を取るにつれて容色は見る影もなく衰え性格も救いようもない程鼻持ちならないものになっているという現実論も面白いし――さて、カンディードはそのかつての理想の女性をどのように扱うのか―――そういった物語の展開にもヴォルテールという偉大な思想家の愛すべき人間哲学が示されているように思える。
世界の名作といわれるだけの小説だと思う。
（16年6月発行）