日本敵討ち異相 長谷川伸 角川文庫
佐藤忠男の名著「長谷川伸論」に述べられているのは、大衆演劇の名作といわれる「一本刀土俵入り」「瞼の母」などの作者長谷川伸が描こうとしたのは既に忘れさられようとしている江戸時代に於ける日本人の精神世界とそれに基づく美学、人生観といったものだ、という深い日本文化論、精神史であるが、そういった江戸時代の精神史がもっともよく表れているのが日本独特の「敵討ち」であろう。
敵討ちは、日本独特のものであり世界史の中で行われることのある「復讐」とは似て非なるものである。
確かに、復讐ではあるのだが、それははっきりとしたルールの下で行われねばならず、そのルールを逸脱しないようにすることは、敵討ち成就という結果を得ることより時には重視された。そういう意味では単なる復讐劇とは異なる、いわば歌舞伎のようなあるいは能のような美学を持ったものであったということだ。
本書には、この日本の特殊な美学ともいえる敵討ちの中から、著者がが選りすぐった実例を幾つも揃え紹介すると同時に、その時代の日本人の精神性を浮かび上がらせるもので、我々現代人がすっかり忘れ去ったかつての日本人たちの精神性を一気に思い起こさせ、なぜか懐かしいような気分にさせる不思議な本といえる。
（18年9月発行）