高坂正尭 服部龍二 中公新書
70年代の論壇では社会主義的というよりはいわゆる左寄りの言説が進歩的であるととられもてはやされる傾向が強かった。
いわゆる「進歩的文化人」といわれる人々の論が主流であり、そこにはその中身の可否を問うよりも、なにか「流行」を追うような浮ついたものを感じる人も多かったが、そういった論に違和感を持つこと自身が、何か「恰好が良くない」と思わせる風潮が支配的であったために、その左寄りの風潮についていけない者の多くは、いわゆるノンポリの道に歩まざるを得ないような雰囲気があったのは、いわゆる保守思想の陣営に確固とした論陣を張る者が少なく、例えいたとしても、彼等は日本を戦争に導き、敗戦の辛苦をなめさせた側なのではないか！という批判、あるいは自省があってしっかりした論陣を張れなかったし、例えそういう主張を行ったとしても、頭から否定抹殺されてしまったからではないかと思う。
そんな風潮の中、「現実主義者の平和論」を引っ提げて登壇した高坂正尭は新しい時代の旗手として、生煮えの社会主義思想が席巻する論壇に新風を吹き込んだと言ってよいと思う。
国際政治学という比較的新しい分野から登場した彼は、それまで不人気だった吉田茂の業績を再評価した『宰相 吉田茂』において、それ以降の日本が歩むことになった「商人的国際政治観」を見事に描き出してみせた。
しかも、その論陣の背景には、古今東西の国際政治史の豊富な知識があり、又、いわゆる伝統的な日本人の価値観に裏打ちされた冷徹な論理が感じられたことが、いわゆる「進歩的文化人」の言説に違和感を持ちノンポリに行かざるをえなかった迷える戦後世代の大きな支持を得たと言える。
副題に「戦後日本と現実主義」とあるように、本書は高坂という論客の評伝の形を取ながら、長い間、浮ついた（地に足のつかない）左翼的思想に毒された戦後日本の政治思想を、日本の伝統的思想と普遍的な世界政治思想に基づいた物に軌道修正することに功績のあった学者の軌跡をたどったものであるが、評伝という範疇を超えて高坂正尭個人の家族関係や学者としての信念といった部分にもよく触れており、読後感は何か物語でも読んだような物があった。
高坂が他界してから早20年、彼の後を継ぐと言われるほどの論客がいないことに昨今の日本の思想界の貧しさを感じてしまう。
（18年10月発行）