AI vs 教科書が読めない子供たち 新井紀子 東洋経済新報社
世界の知性と言われるカーツワイルやテグマークは、シンギュラリティ―という「人工知能が人類の知性を上回る」世界が実現する社会がいずれ実現するという説を唱えている。
囲碁や将棋の世界では人工知能が人間の名人を負かしている現状や、数々のA1の活躍を目の当たりにすればその説の実現性を信じたくもなるが―――。
一方、数式に基づかない（と思われる）、さまざまな自然の事象や、人間の心理といったものはどうしてもAIでは解析できないのではないか―――という説も多くあり、それも又、真実味を帯びているようにも思える。
この対立の根本には、例えば複雑系や、量子力学の、一見すると「あいまい」に見える部分でさえ、それを解く数式があるはずだ、という説と、いや、世の中は数式や理論では解けないことがあるのだという説の対立があり、そのいずれが正しいかは、神の存在、不存在、と同様にお互いの側の論理が証明できないだけに、水掛け論になってしまうといういわゆる「悪魔の証明」的な部分があるからではないかと思う。
東大合格を目指した「東ロボくん」の開発者である本書の著者は「シンギュラリティ―は来ない」という説を唱える。
その根拠は、「東ロボくん」の挑戦が結局は失敗に終わったという体験に基づくものだ。
確かに、「東ロボくん」はMARCHレベルの大学入試なら突破できるレベルに達した物の、文章読解力や論理構成を行わなければならない、東大レベルの入試には全く歯が立たなかったという。
著者の結論は、読解力のような能力は決して数式に落とし込めるほど単純な問題ではないし、いかに膨大なビッグデータを集めたとしても尚、それでは足りない程のデータに基づいて生まれるものであり、それをなしうるのはAIではなく人間の能力だけなのだから―――というものだ。
ただ、後半部分では著者は、今、中高生の間でも読解力の低下が目立っており、なんと3人に1人が教科書に書いてある簡単な文章を理解できない―――といった状況であることに警鐘を鳴らしている。
すなわち、このような事態が進めば、これからの世界は、AIにではなく、読解力がある一握りのエリートに支配されてしまうのではないか―――という。
確かに、AIを使って大量データに基づいたワンフレーズの情報やニュース、宣伝を流せば簡単に世の中が動かせる世の中が、今や半分実現しつつある現状を思えば、著者のいう「読解力」の養成こそが人類にとって最も大切だ、という主張に頷きたくなる。
(18年2月発行)