愛なき世界 三浦しおん 中央公論新社
「舟を編む」をはじめとするこの作家の作品はいずれも題材が中々ユニークで、作家の取材力の豊かさに感心させられるし、その素材を基にしての物語の組立方にもこの作家の創作力の巧みさに驚かされているが、この作品でもその種の才能が十分発揮されておりさらに、いつもながらの、女性現代作家らしい明るいエンターテインメント性が十分楽しめた。
今回のこの作品では、植物学研究という世界に魅入られて植物という「愛のない世界」にのめり込む女性研究者を主人公に、彼女に憧れる大学近くの洋食屋の店員、その洋食店にやってくる主人公の同僚たち、あるいは洋食店の常連客たちの繰り広げる、日常の物語が語られる。
小説として大きな展開がある訳ではなく、まあ、敢えて言えば「植物学研究」というあまり人々が知らない理系の世界を描くという「舟を編む」と似たような舞台仕立てだが、この作家にかかるとそれが何ともほのぼのとした楽しい小説になるのだから見事なものだ。
主人公の女性研究者が行っている研究の詳細、研究手法の手順の描写や、その研究実験上の失敗や成功の経緯の理論的な説明や描写といったところが、実にいきいきとしており、研究者の持つ知的好奇心の源泉がどういったところにあるのかといった問題を上手く小説に組み立てている才能には舌を巻く。
（18年9月発行）