大衆への反逆　　　　　西部邁　　　　　　文芸春秋　

オルテガの「大衆の反逆」は、今でいうならばポピュリズムと、そのポピュリズムに迎合する大衆に対する批判であり、ファシズムや共産主義に付き従う無批判で迎合しやすい人々に対する激しい非難の書でもあったが、そのオルテガの書のタイトルをもじったかのような本書も、昨年自死を遂げた西部邁という保守論客によるポピュリズムに対する嫌悪の書といってもよいだろう。

西部は60年安保の際に、ブントを起こし全学連委員長を務めたが、安保後に保守主義に転じ、東大教授となったが、83年に本書を発表し。以降、新保守主義の論客として活躍した。

日本の古くからの保守の論客の中には、若い時期に社会主義者、共産主義者として活躍しながら、転向した論客が多いが、多少変わり種とはいうものの、西部もそんな系譜に属するのかもしれない。いわゆる、転向組の多くにみられるように、転向後はかなりパトスの入った保守論客になる例から彼も、一本筋の通った論客だったといえよう。

但し、彼の特長は、今の大勢の保守主義者が投じる大衆迎合的保守主義とは全く一線を画す、彼流の保守主義であり、それは、彼自身が言っているように、ジョン・ロック流のリベラル・デモクラットと呼ぶべき部類に属するのかもしれない。

ましてや、いまの世界の潮流であるかのような、トランプに熱狂するかのようなアメリカ流大衆迎合主義や、ヨーロッパ流の右左を隔てない、「リベラルらしさ」を是とする政治傾向をも極端に嫌う「頑固な西部流保守主義」というべきものだ。

83年の著作ではあるが、今読み返しても古さを全く感じさせない硬骨漢による保守論調といった趣きであり、大衆迎合社会化が益々進む今日においては、彼のような論客を失ったことが何とも惜しまれるばかりだ。

（14年8月発行）