AI時代の労働の哲学　　　　稲葉振一郎　　　　　講談社　　　

いま我々は、AIが人の仕事を奪っているという現実に直面しているが、なにもこれはAI化が進んでいる今だからこそ起きている現象ではない。産業革命が進んでいた19世紀の初めの英国で起きたラッダイト運動と基本的には同じ由来の恐怖心といってよい。

しかし、馬車が自動車に変ることによって確かに御者や馬車職人の仕事はなくなったが、その何倍、いや何千倍もの運転手や、自動車工といった仕事が増えたし、その関連の産業、例えば流通業や広告業等々の多くの産業とその関連の仕事が増えた。

このラッダイトの例をもってして、AI化の到来時代の労働がどうなるか――の議論に結論を出そうとする傾向がみられる。すなわちAI化によってもたらされる大スケールでの合理化は、人々に新たな時間と労働の余裕をもたらし、それらの余裕が又、新たな欲望と、それに伴う新たな経済を生み出す――という論である。

又、一方、産業革命によってもたらされた資本の巨大化と集中が、社会における富の偏在を招いたという歴史的事実から、AIの発展は、第一次産業革命とは比較にならないスケールの富の偏在、貧富の格差拡大を招き、社会全体の経済は膨らんでも大多数の人々は益々不幸になる可能性を、今進むGAFAなどの極端な市場支配の例を挙げて論ずる向きもある。（いままでの合理化とは比べものにならない程の破壊力をAIは持っているというのだ）

著者のこの論議に関する見解はどちらかというと楽観的だが、かならずしも明瞭とはいえない。すなわち、著者はこの問題について、純経済学的ではなく「哲学的」アプローチをおこなっているからだ。

すなわち、マルクスも述べているように、人間の欲望というものは、際限がない上に鵺のような得体の知れないものであり、AI化の進展という新しい展開で出来た空間（社会）においては、一体何を生み出すか想像できないところがあるというのだ。ただ、救いとしては著者としては、人間社会は今までもどうにか上手く産業革命をものにしてきたように―――上手くいくであろう――というものであり、今一つ、納得はいかないが、まあ、そう考える方が無難だろうなぁ〜と思いつつ頁をとじた。

（19年9月発行）