「生類憐みの令」の真実　　　　　仁科邦夫　　　　　草思社　　

聖徳太子が「厩戸皇子」に呼び名が変わるとか、実在したかどうかも定かではないという説が喧しかった数年前の騒動は、結局、元の鞘におさまったようだが、歴史の評価とやらは猫の目のように変わるものだという例の一つに過ぎず、どうも歴史評論、歴史評価に対するタカさんの信頼は薄く、それはひいてはテレビなどで大活躍のにわか歴史家だけではなく歴史学者と名がつく人々の不信感につながっている。

そんな歴史評価のいい加減さ（？）の一つの例が五代将軍・徳川綱吉による「生類憐みの令」である。

タカさんが子供の頃は映画などでも犬をかごに乗せて「お犬様がお通りになる！」となれば、江戸の町人は土下座までさせられている等という、時代喜劇まであって、「なんとバカなことをやったものよ」と綱吉のバカ殿ぶりをわらったものだが、数年前位からは、戦国乱世がおさまって太平の世になった以上は、殺伐とした世の中を平和裏に治めようとした綱吉が、殺生禁止、生命尊重の気風を定着させようとして発布した世界史にもまれな「善政」の一つだとするまことしやかな説が言われはじめ、今や、善政説の方が学会では優勢なのだとか―――。

著者は、この一連の生類憐みの令を詳細に研究、いまや主流の生類憐みの令、善政説に真っ向意義をとなえている。

本書で著者が明らかにした一連の生類憐みの令の一つ一つは、はっきり言って実にバカバカしいものばかりで、綱吉の個人的な思い込みを一々細かい法令にして庶民に押し付け、それに対して回りの物もよくたしなめもせず従ったものだと（唯一徳川光圀が意見した例はあるようだが、結局彼は隠居させられた）絶対君主の横暴とは、こんなに酷いものなのかと呆れかえる。

そのバカバカしさは、彼が死んだ途端、半月もしないうちに、これらの法令は彼の息子である6代将軍家宣によってきれいさっぱり廃止されている。このことから考えても当時も「生類憐みの令」が善政であると考える者は、だれもいなかったということなのに―――善政説を説いた学者、それに同調している学者というのは、一体何を考えているのだろうか。

タカさんは犬恐怖症である。嫌いという訳ではないが、何しろ犬を見ると恐怖心が先立つ質だけに、飼犬に服を着せて喜んでいる人達がどうにも理解できないのだが、そんな恐怖症だけに犬公方といわれた綱吉の独りよがりの生類憐みの令も、どうにも理解しがたく反発を覚えてしまうところも、本書に思わず賛同してしまう理由かもしれない。

（19年9月発行）