専門知はもういらないのか　　　トム・ニコルズ　　　みすず書房　

本書が指摘する論点はいくつかあってそのうちのいくつかは、必ずしも本書のタイトルに要点が集約されるものではないような気もしないではないが、要は著者の言いたいことは、最近はびこる「無知礼賛」的なポピュリズム批判だ。

知りたいことがあれば、パソコンを開いて検索すればまず大体の表面的知識はえられる。しかしその中にある「知識」と呼ばれるものは玉石混交、寧ろなまかじりの、あるいは素人の感情に任せた意見にすぎない物が大半だ。

政治問題にせよ科学的知識にせよ、専門書レベルの研究や論考は、却って敬遠されがちで、敬遠されるどころか却って嘲笑いの対象にされたりするのが、近年のいわゆる「知的レベル」になっている。

そういった傾向は、例えばブレグジット問題や、トランプ現象、中国の共産党による厳しい強圧政治など、世の中には枚挙のいとまがないが、この傾向はなんだか人類全体を退化、そして破滅へと導きかねないようにも思う。

本書で述べられているもう一つの論点、すなわち商業主義そのものに変身してしまったアメリカの大学制度、すなわちすでに学生たちに専門知を構成する基礎知識や技術を教えられないし、学生たちも資格を得ることのみを大学に期待して高額な授業料の借金に追われている実態をルポ風に描いているが、すでに学問の府と言えるような役割を果たせなくなっている日本の大学、ひいては日本の教育制度全般に翻って考えると、著者の嘆きがよくわかるような気がする。

今や人類だれでもが、専門知を持たずとも、蓄積されている膨大な知識の断片へのアクセスが可能になっており、人々は、そのことに安心しきっているのか、自ら学ぶことをしなくなっていて、そのために、膨大な知識を有する専門家を尊重しないという時代に突入しているが、その背景には民主主義の平等意識をはき違えがちがある、との著者の指摘は、当を得ているようにも思う。

(19年7月発行)