残侠 浅田次郎 集英社文庫
「天切り松闇がたり」第三巻「初湯千両」は02年5月の読書日記にもとりあげたが、本書「残侠」はその「天切り松シリーズ」の第二巻だ。
夜盗を本職とする義賊「天切り松」が、現代の拘置所で六尺四方にしか聞こえないという秘技「闇がたり」で昔がたりをするというシリーズだ。その、名調子、名セリフでつづられる、大正、昭和初期の江戸情緒や人情話は、あたかも今拘置所の中で、天切り松と同房の一罪人となって聞き耳を立てているかのようにぐいぐいと引き込まれる。
天切り松の親分は、仕立屋銀二の直系の弟子「目細の安」だ。兄貴分は同じく天切りの達人栄治、その他には、タタキの寅弥、騙りの常次郎、それに巾着切りのおこん姐さんと、目細一家の早々たる義賊たちの活躍が闇がたりの名調子で語られる。いわゆるピカレスク物だけれども、明治、大正の昔、侠客たちの粋でイナセな様子に胸がすく思いがし、その人情味にほろりとさせられるという訳で、お約束の浅田次郎ワールドだ。
表題作の「残侠」は、天切り松が十代の時に出会った、清水の次郎長の子分、あの小政の物語だ。任侠道も廃れた大正の時代に、忽然と現われた老侠客はなんと、あの居合の達人、清水の小政だ。
目細一家の客分となるいきさつ、明治前の侠客の何とも粋な仁義の口調など、その歯切れの良さはまさに「声を出して読みたい日本語」かもしれない。
さらには昭和初期、東京下町の様子、庶民の暮らし振りなど、よくも、ここまで調べたと感心させられる。軍隊や士官学校からでる残飯を大八車に乗せてどんぶり一杯５銭で売り歩く「づけ屋」といわれる商売に、長屋の連中が群がって餓えをしのいでいたなどという話は、一体どんな資料からさがしてきたのだろうか。そんなことを含め虚実あわせて再構築された明治・大正・そして昭和の初期の世情は生きているようにさえ思える。それぞれの物語の起承転結がはっきりとしており、再び浅田次郎のストーリーテラーとしての才能に舌を巻いた。
（02年11月発行）