身の上話　　　　　　　佐藤正午　　　　　　　光文社　　　　　　　　　

人の運命はほんの些細な切欠から思いもかけない展開を辿ることになる。著者が前作「ジャンプ」で描いた通常どこにでもあるような出来事から始まるあり得ないような事態の推移の物語が本作でも描かれている。

ある地方都市の老舗書店で働いているミチルは宝石店の息子と長年付き合っているもののその関係はいささかマンネリ化しつつある。

そんなある日、ミチルは東京から毎月定期的に出張してくる大手出版社の営業マンと不倫の関係を結ぶ。男が東京へ帰る日、ミチルは、歯の治療に行くという口実で職場を離れ空港へ男を見送りに行く。そしてそのまま、ふっと魔が差したかのようにそのまま男について東京へと旅立ってしまう。書店の同僚たちに頼まれて買った宝くじと同僚から借りた日傘を持ったまま。

この彼女のとっぴな行動にボーイフレンド、同僚、そして両親たちは大騒ぎになる。ズルズルと故郷へ帰りそびれたミチルは親たちから口座を閉められ、又、職も失ってしまう。

東京で窮しているミチルに思いがけないことが起こる。同僚達に頼まれて買っていた宝くじの内の一枚が一等2億円に当選していたのだ。

後半からはミステリー仕立てのストーリー展開となる。

宝くじ高額当選者が銀行から貰う「その日から読む本」という当選者心得に書かれた高額当選者に対する注意事項がことごとくその後のミチルの運命を翻弄していく。

ミチルに去られたボーイフレンドは東京にミチルを連れ戻しに来る、そしてミチルが追いかけていた出版社の男は金銭問題を起こしミチルとの不倫が妻にバレて家を出る羽目になりミチルを頼ってくるようになる。宝くじの当り券をネコババされたのではないかと執拗にミチルの所在を追ってくる同僚たち。

どうしても2億円当選を秘密にしておきたいミチルは遂には殺人事件に巻き込まれていく。

物語の最初から最後までが一人称でえがかれていて一見するとタイトルの「身の上話」とはミチルの身の上話であるかのように語られながら、実は意外な人物の身の上話がミチルの身の上話とシンクロしているというどんでん返しがある。

「ジャンプ」もそうであったけれど後半になるとページをめくるのももどかしいようなスリル溢れる展開となってくる。

近々映画化される予定もあるという本作は、エンターテイメント性抜群の傑作と言えるだろう。