めぐりあう時間たち　　　　マイケル･カニンガム　　　　集英社

同名の映画を（DVDで）観て更には「ダロウェイ夫人」を読んでから映画の原作である本書を手に取った。

バージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」にインスパイアーされて書かれた本作も（そして映画も）あの有名な「ダロウェイ夫人」の書き出し「ダロウェイ夫人は、私が花を買ってくるわ、と言った」から始まる。

ウルフは、「ダロウェイ夫人」の登場人物、セプティマスという若者を自分の分身として描いたと語っているが、そのセプティマスは物語では自殺するのだが、あの作品を書いた16年後、ウルフ自身もセプティマス同様に入水自殺している。

この作品を読むためには、こういった予備知識があった方がはるかに作品の理解度が高まるとおもう。（最初に「ダロウェイ夫人」を読まずに映画を観てしまったので随分と理解できないところがあった）

時代も場所も違ういくつかの物語が同時進行のように展開する。

第一の主人公はバージニア・ウルフだ。「ダロウェイ夫人」の執筆を開始した彼女は姉のためにティーパーティの準備をしている。第二の主人公は、第二次大戦後，ロスアンジェルス郊外に暮らす主婦ローラ・ブラウンだ。彼女は夫の誕生祝いの支度をしている。　

第三の主人公は、現代のニューヨークの編集者クラリッサ（この名前はダロウェイ夫人のファーストネームと同じだ）だ。彼女はエイズにおかされている元恋人の世話をみているが、今日は、その元恋人の文学賞受賞パーティーを企画している。

ウルフは自身の精神の変調に怯え、ローラは完璧であることに疲れ，クラリッサは元恋人が病んでいく様を救えないという焦燥にかられている。時代と場所は違うのに3人が抱える閉塞感は共通のものだ。そして、この3人の閉塞感は、「ダロウェイ夫人」の小説の登場人物たちが一様に抱えている閉塞感にも共通するものだ。

恐らく作者のカニンガムは、「ダロウェイ夫人」に感銘しながらもあの物語の終わり方に焦燥感を抱いたのではないだろうか。それ故にカニンガムは、本作品において彼なりになりにあの「ダロウェイ夫人」の物語の決着をつけようとしたのではないかとも思えた。

即ち、この物語では、何のために生き続けているか、なぜ死のうとしないのかということに悩む余り、創作にのめりこみ狂気に踏み込んでいくウルフ、真の自分の姿ではないことを自覚しながら、良き妻、良き母を演じている自分---から脱出していく、ローラ、そしてパーティーや、今の瞬間の楽しさの実感と失った過去を求めるクラリッサという3人を登場させることで、作者は閉塞感からの様々な脱出方法を提示し、救い様のない閉塞感を抱えたままに終わってしまった「ダロウェイ夫人」を、彼なりに納得のいく形で終わらせようとしたのではないだろうか。

バージニア・ウルフが現代に生きていてあの「ダロウェイ夫人」の続編を書いたとしたら、きっとこんな作品になったのではないか、いやこんな「続編」は絶対に許せないと怒るかもしれないと想像するだけでも結構楽しい。