艶笑落語名演集3　　　　　小島貞二編　　　　ちくま文庫　　

落語という演芸が、これほどおおらかで楽しいものだったのかということをあらためて教えてくれる一冊といってよいだろう。

いわゆるお色気話、艶笑落語といわれる24の噺が口述筆記されている。

本書がまとめられた1970年代に活躍していた、明治の中･後期生まれのいわゆる大御所の師匠方、古今亭志ん生、三遊亭金馬、桂小南、橘ノ圓都や当時は売れっ子若手と言われた三遊亭圓歌などの実演テープを起こした艶笑落語というのだから、放送コードだとか禁止演目などと何かと煩い現代ではもう二度と聞くことのできない「楽しい」落語がぎっしりと詰まっているといってよい。

戦争中はこの手のお色気話は不謹慎だと禁じられたというし、明治においてさえ官憲から度々注意を受けたというから、現代においてこれらの噺がまさに「自主的」に消え去ってしまったのは近代日本が、万葉時代とまでは言わないが江戸時代の庶民たちがもっていた性に対するおおらかさを失ってしまった証左ということもできるかもしれない。

この名演集に納められた「目ぐすり」「紙入れ」「錦の袈裟」などはいまでも時折、きわどいお色気部分をかなり薄めて演じられることもあるが、「宿屋かか」「鼠の耳」「吉田御殿」などの演目は、いかになんでも我々が耳にすることはないだろう。

落語とは本来このような庶民の娯楽という要素の上にこそ成り立っていたものであって、この名演集の落語の楽しさを知ってしまうと、例えば、故立川談志が演じた「芝浜」は名演とはいわれるものの、本来の落語ではないという気がしてならない。

落語は深刻ぶった新劇風の演芸ではなく、この手のおおらかでクスリと笑ってしまうていどのユーモアに溢れた演芸が本来だとつくづく思う。