天空への回廊　　　　　笹本稜平　　　　　　　光文社　

この作家の「還るべき場所」はヒマラヤK2を舞台にした迫力溢れる山岳小説であった。

人が到達できるギリギリの高所における息詰まる登山の緊迫感はこの作家のエンターテイメント作家としての才能に注目させるだけの物があった。

そんな訳で何冊かこの作家の他の作品を読んでみようと思ってまず手にとったのが本書だ。

今回の舞台は世界最高峰のエベレストである。

人間の生存圏ギリギリの高所における息詰まる場面の緊迫感の連続は「還るべき場所」と同等もしくはそれ以上のエンターテイメント性がある。

ただ、今回の作品の設定には多分に「まさか！」と思える、かなり荒唐無稽（？）というか奇想天外なところがあるために、「還るべき場所」にあったリアルさというか、ドキュメンタリー的な魅力は却って薄れてしまったようにも思う。

主人公真木郷志は、冬期、無酸素、単独でエベレスト頂上に到達したがその直後、アメリカの人工衛星が近くに落下した。同じ時期エベレストの頂上付近にいた郷志の、友人はその雪崩に巻き込まれる。

墜落した人工衛星にはアメリカの重大な軍事機密が搭載されていた為に、その機密の回収の為にアメリカは大規模な回収作戦を行うことになり郷志はその名目上のリーダーになることで友人の救出を図ろうとする。

このアメリカの軍事機密を巡って、アメリカのみならず、中国、ロシアをはじめとする各国、そして武器商人、ネオナチ、テロリストなどによる争奪戦が繰り広げられることになるのだが、エベレストの高所の衛星墜落現場に一番近い位置にいる郷志の活躍に、世界を破滅させかねないこの軍事機密の確保がかかってきて―――と、国際スパイ小説、007シリーズ並みの活劇がくりひろげられる―――。

8000メートルを超える山岳で繰り広げられる不死身の我等がヒーロー郷志と、これまた不死身の悪役とのバトルシーンの連続は、ハリウッド映画ならあるかもしれないが、日本のエンターテイメント小説にしては桁外れの迫力だ。

息もつかせず読ませるので全く文句はないのだが、本格山岳小説を期待して本書を手にとった人にとっては、何だか狐につままれたような感じがするかもしれない。

(04年7月発行)