罪悪　　　　フェルディナント・フォン・シーラッハ　　　　　東京創元社　　

現役の弁護士でもあるという著者の処女作｢犯罪｣の書評に次作が待ち遠しいと書いたが、その次作が本書である。

期待に違わぬ迫力溢れ、ドキドキするハードボイルドであり、しかもリアル感十分な短編が15編収められている。

ここに収められた15編の何れも著者自身が弁護士として係わった事件である、というリアルさを強調する設定になっているところは、著者の処女作と同じだが、この「何となく本物らしい」と思わせる仕掛けが、これ等の短編の題材となっている犯罪、罪悪を、ノンフィクション物であるかのような錯覚を読者に与える。中々巧妙な仕掛けである。

そういった巧みな仕掛け、淡々と事実だけをそれらの犯罪の外側から法律家の目で観た記録であるかのように記述するハードボイルドタッチ、といったものが、この15編に緊張感を与えており、読者をぐいぐいと引き込んでいく。

犯罪現場の凄惨な遺体を証拠物件として見せられたかのような衝撃を伴う暴力描写などを含む、いささか過激な記述もあり、こういった今までのミステリー小説には余り見られないところに辟易とする読者がいるかもしれない。その反面、こういった切り口に斬新さを感じる読者も多いのではないだろうか。

本質的に邪悪な者だけが、犯罪を働く訳ではなく、誰もがその人生の中で、犯罪に巻き込まれる可能性があるし、普通の社会人にもひょんな切欠によって犯罪行為を働いてしまう可能性があるということをこれらの15編の短編は教えてくれる。乾ききって突き放すような文章が、犯罪そのものの哀歌をえぐり出す効果をもっているといえるかもしれない。

これら15編によって、犯罪とは、人生と同じで人にとって逃れようのない哀しき運命のようなものであるということを著者は伝えたかったのだろうと思った。