評伝ナンシー関　　　　　横田増生　　　　　朝日新聞出版　　　　

この書評で取り上げたナンシー関の著作は2冊、02年6月の急逝直前に発刊された「耳のこり」と死後5年を経て彼女の「最後の最後の出版」として出された「小耳に挟もう　ファイナルカット」である。

テレビ批評という当時は余り目立たないジャンルの価値を一変させ、むしろ、テレビ批評というジャンルを他の分野の評論よりも一頭抜け出たジャンルへと高めたとさえ言ってよい彼女の社会批評眼の鋭さ、ユニークさをタカさんは当時から絶賛していたが、この評伝を読んであらためてナンシー関を失ったことが、テレビ界に限らず広い意味での評論界にとって大きな損失であったということを思った。

本書は、死後、10年を経て漸く出た、ナンシー関の本格的評伝だ。

テレビ評論というマイナーなサブカルチャー分野でいかに彼女が見出され、いかに一頭抜けた仕事をしたか、テレビ批評という分野に対する彼女の変わらない姿勢、視線はどのようものであったか−−−等々、「評伝」としてのあるべき要素は全て含まれているといってよい。

必ずしも、有名人だったとは言い難い彼女を取り上げ、果たして「評伝」などという物が成り立ちうるのか、という思いもないではなかったが、一読してこの評伝の完成度の高さに驚かされた。

それは、著者のナンシー関の才能の評価、実に詳細に亘る情熱的な資料探究、関係者との掘り下げたインタビューといったドキュメンタリー作家としての優秀さによるものではあろうが、ナンシー関自身の評論家（彼女自身は「消しゴム版画家」を名乗っていたが）としての類稀な批評眼とその抜群の才能がこの評伝の質の高さの最大要因であることは疑いない。（著者が「ナンシー関の評伝を書こう」と思いついた時点で、本書の成功は半分約束されたとさえいえるのではないだろうか）

青森のサブカルチャー好きの女の子がどのような少女時代を送り、どのような思いを胸に東京での若き日を送ったのか、どのような経緯から、テレビ批評という分野で頭角を現し、サブカルチャーそのものの質を高めるほどの仕事をなし、どのような思いを持っていた女性だったのか、なぜ39歳という若さで絶頂期に死ななければならなかったのか等々、一つの物語としても抜群の出来といってよい一冊だ。

芸能界、テレビ界に限らない、政治や文化のあらゆる面で、とんでもない勘違いをしている連中が、それに気付かないばかりではなく、そういう勘違い、履き違えをしている連中を受入れ、時にはもてはやしてしまう我々大衆（衆愚というべきか）がますます増殖している、昨今、やはりナンシー関のように、鋭い視点から「みんな、オカシイよ！」とちゃんと言ってくれる批評家がいなくなってしまったことを今更ながら惜しいと思う。