行きづまる民主主義　　　ジェームス・ブキャナン他　　   　勁草書房　

97年に開催された「日本公共選択学界国際大会」で行なわれたジェームス・ブキャナン、ゴードン・タロックそして加藤寛の講演、及び公共選択論に関する解題という4章からなる一冊。

ブキャナンは彼が唱えた「公共選択論」で86年のノーベル経済学賞を受賞しているように公共選択論の第一人者である。

近代経済学の祖ともいわれるケインズの唱えた経済論でも経済行為の動機としての人間の倫理観、道徳観あるいは賢人による合理的判断といったものが重要な要素となっているが（ハーヴェイロードの前提）、ブキャナン等の新古典派の時代になると、こういった人間の英知、道徳といったものが経済活動に与える影響を否定する理論が盛んに言われるようになってきた。

ブキャナンの「公共選択論」などはその発展系といってもよいものだ。人は皆、自らの利益、欲望によって行動し（そこには道徳とか他人愛といった要素は無用）、その全体の集合が経済の動きとなって表れるのだという乾いた考え方が主流になった。(新古典派は、アダム・スミス的な「神の見えざる手」が、人間の欲望の果てに機能するとは断言していない)

実際に多くの個人の欲望の帰結だと思えるような、金融破綻や通貨危機と言った問題がとめどなく起きるに従って、こういったブキャナン流の理論が受け入れられるようになり、当時は一斉を風靡してもいた。

日本ではその公共選択論的な競争原理に基づく（本書にもある加藤寛などが唱えた）構造改革論が盛んになり、この理論が2000年に入ってからのいわゆる「小泉改革」へとつながっていった。

「公共選択論」をもう一度読んでおこうとして手にとった本書だが、ブキャナン、タロックの講演は、まさに公共選択とは何か？の概論であり当初の目的は十分果たせた。

加藤寛の講演は、公共選択論との関連なしとはいわないまでも、メインは当時、流行の構造改革論のアジテーションといってよいものだ。只、当時の閉塞しきった経済状況に対する社会一般の鬱積した不満を掬い上げる形でのアジテーションは、それなりに迫力があり、結果的に小泉改革につながって行ったという意味で懐かしくもある。

経済理論というものが、常に新しく提案されては消えていくという経験を積んでくると(スミスもマルクスもケインズETCも全て正解！ではなかった)、あらためてノーベル経済学賞などという賞はやめてしまった方がよくはないかという思いにかられてしまう。