ジェノサイド　　　　　高野和明　　　　　　　角川書店　　　　　

2011年度のミステリー第一位という惹句に引かれて遅まきながら手に取った一冊。

この作家の作品は以前「13階段」を読んだことがあるが、こじんまりした日本的ミステリーの中では全く異質と言ってよいアメリカンミステリー的なスケール、それに様々な資料の読み込みに基づくと思われるディテールの深さが、いささか荒唐無稽さもあるストーリーというチープさを完全に隠している点に感心したものだった。

本作においても全体的な作品の印象は前作と大きくは違わない。ストーリー展開や設定の強引さは前作以上ではあるが、相変わらずの様々なディテールの深さによってストーリー全体ではそう大きな破綻を見せてはいないのはこの作家も大分、進化しているということなのかもしれない。

創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人に、急死した父親から遺書とも思える一通のメールが送られてくる。メールの指示に従ってウイルス学者だった父親の秘密の実験室にたどり着いた研人に託されたのは世界中に10万人いるといわれる難病の治療薬の開発という現代医学では到底為しえないようなミッションであった。

同じ頃、特殊部隊出身の傭兵ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、引き受けた作戦に赴く。その作戦司令は、明らかに米国政府中枢から発せられたものであり「人類全体に奉仕するための暗殺任務」との触れ込みであった。

作戦終了後には抹殺される運命にあるとも知らずイエーガー達4人の特殊傭兵暗殺部隊は、任務を遂行すべく内戦状態にあるコンゴのジャングルへ潜入するのだが――。

ごくありふれた日本人大学院生が辿るスリリングな逃亡劇、陰謀渦巻く世界最高権力者である米大統領一派の陰謀の数々、そしてコンゴの密林で繰り広げられるイエーガー達の息づまる戦いの連続、といったスケールの大きな物語展開は、確かにアメリカのミステリー小説に似ていて一気に読ませる。

しかし、この作品が「ミステリーベストワン」に選ばれながら、読者の間ではあまり評判がよくないという。

その理由は明らかだ。余りに気になる無駄な書き込み、作者の異様とも思える反日思想が折角の迫力あるストーリー展開を台無しにしているからだ。その酷さは、この作品を単純に「ミステリーNO.1」に選んだ選者達のセンスすらも疑わしく思えるほどだ。

コンゴでの戦闘場面、あるいはコンゴ内戦における虐殺場面などの描写がある意味では不必要にどぎついところはまあ許せるとしても、なんの脈略もなく関東大震災における朝鮮人大虐殺や、日本軍の南京大虐殺が全て既定事実であるかのように書かれ、しかも更に詳細に「日本軍は、強姦した女性の性器に銃剣を突き刺して」などと描くことに物語とどう関連づけようとしているのか理解できないし、抵抗感というか嫌悪を持つってしまう。

米国大統領および政府首脳は「絶対的な悪の権化」として単純に描くことも、まあありかもしれないが、「おいおい、旧ソ連や北朝鮮の小説ではあるまいし」と思わずにはいられない。

更には、傭兵の中にいる一人の日本人傭兵が、終始徹底的な｢残忍な糞野郎｣に描かれ（途中で唐突にイエーガーに頭を打ち抜かれて死ぬ）、この物語の主人公以上に大活躍するのは天才的な韓国人青年であり、主人公の回りの日本人は皆、朝鮮人差別主義者である、という作者の「徹底した日本嫌い」が作品中に描かれている点も何の意味があるのかと思えて仕方がない。

あまりにも不必要にしかも頻繁に作者自身の「日本嫌い、日本人嫌い」が物語とは何の関係もなく書き込まれていることに、一体どういう意味を込めているのかがさっぱり分からない。

韓国や北朝鮮では人気がでるかもしれないが、アメリカや日本ではちょっとどうかなぁと思う作品だ。