かの子繚乱　　　　　　　瀬戸内晴美　　　　　　講談社　　　

「老妓抄」を読んであらためて岡本かの子の生涯に興味を持ち、もうかれこれ30年ほど前に読んだこの瀬戸内晴美による岡本かの子伝を再読してみた。

岡本かの子が生まれたのは明治22年、彼女は早くから歌人として又仏教研究家として頭角をあらわしてはいたものの、小説家としての活躍は晩年のわずか数年間に過ぎず、昭和13年には50歳で亡くなっている。

かの子といえば、尚数年生きておれば鴎外、漱石にも並ぶ文豪の地位を占めたであろうと川端康成や林房雄など多くの評論家、作家が言っているように、才能豊かで優れた作家であったのだが、その作品以上に、極めて特異な性格、そして夫岡本一平の了解の下、愛人二人との男三人にかしづかれて同じ屋根の下で暮らした−−−といった、現代でさえ奇異に聞こえるスキャンダラスな生涯を送った女性として知られている。（かの子が死の半年前、油壺で倒れた時にも、三人とはことなる若い愛人と宿に泊まっていたことを後に一平が明らかにしている）

みずからの半生もかの子に似た奔放さで送った瀬戸内晴美（今や瀬戸内寂聴となっているが）にとって、かの子を書くことは、ある意味では自分を描くことでもあったのだろうか−−−その筆致は生気に溢れた迫力のある物になっている。

岡本かの子は、芸術に魅入られ、芸術の為にこそ、彼女の命のみならず、三人いやもっと多くの男たちの精気を吸い取ることが必要であったのだ−−−という瀬戸内晴美なりの岡本かの子論が本書の骨格をなしているが、そういうかの子論は瀬戸内晴美だからこそより迫力を持って読者に訴えかけるものがある。ある意味では、本書を日本人作家による伝記、評伝の代表作とまでいえるのではないだろうか。

確か30年前には、本書を読んで岡本かの子の余りの個性の強さ、奔放さ強烈さに圧倒され、更には一平をはじめとする男たちのマゾヒズム的なところに、ある種の嫌悪感さえ抱いたことが、それ以降つい最近までかの子の作品を読まなかった理由だったことを思いだした。

かの子、一平の一生をもう少し冷静に見ることができるようになったのはやはり自分がそれなりに歳をとったからなのだろうか。