杜甫　　　　　　川合康三　　　　　　　岩波新書　　　

今から1700年近く前に書かれた王義士の書を超える書は未だに出現していないといわれるし、今から1300年前の人である李白・杜甫を超える詩は未だにないといわれるのは実に不思議なことである。

書も、漢詩もその初期において頂点に達し、以後その頂点に立った者はいないというのだから−−−。しかも、その二人が同時代に生き、交流があったというのも不思議というしかない。

杜甫の詩作については日本でも吉川幸次郎をはじめ多くの解説書があるが（参照：「杜甫」、　｢李白と杜甫｣等）本書は、そういった幾多の解説書にくらべ現代感覚に溢れたフレッシュな杜甫解説書といってよい。

著者は杜甫の詩を、現代語に置き換えるだけでなく、現代感覚的に捉えなおしたあたかも新人詩人であるかのようなフレッシュさで語っている。

これを読むと、杜甫という今から1300年前の人の詩心（うたごころ）が、現代の我々にまったく違和感ないものとして、親しみを持って訴えかけてくるようにすら思う。

杜甫が求めながらも中々得ることができなかった宮仕え、折角得たと思ったその地位も安禄山の乱によって失い、人生後半は貧しさと流浪の中で過ごしながらも、妻や子を愛し、下僕にすら感謝の念を忘れず、時には喜び、そして悲しみにしずむこともあったその人生がここに挙げられた詩を通じて、叙述詩の如く、又抒情詩としてあますところなく描かれる。

ほろ酔いの李白が小舟に乗って湖面に映る月を掬い取ろうとして溺れ死んだという伝説があるが、詩の中に頻繁に食べ物のことを詠い、終生食べ物に困っていた杜甫は、牛肉を食べ過ぎて死んだという伝説がある。この二人の死に方も、それぞれの人生を象徴しているようでいてなんとも感銘深いではないか。

終生人間的であり続け、我々と変わらない優しさ、哀しさをもった人生を送った人、杜甫―――詩聖といわれる偉人ではあるが、ますます、杜甫という人に親しみを感じ、彼の詩をもっともっと読みたくなる。