褐色の文豪　　　　　　佐藤賢一　　　　　　　文芸春秋　　　　　　

「三銃士」「モンテ・クリスト伯」などの作者であるアレクサンドル・デュマの生涯を描いた作品だ。作家の生涯なんて辛気臭い心の葛藤だとかどろどろの愛憎劇、といった陰気な物語にしかならないのではないかという先入観がことデュマに関しては当てはまらない。

この文豪の伝記小説が、なんと英雄伝、武勇伝のような活劇風の物語に仕上がっている。それはもちろんフランス革命などを題材にした作品の多い著者ならではのストーリーテラー的才能の賜物ではあるのだろうが、やはりデュマという作家が（現代の我々が持つ作家のイメージとはまるで違う）まさに破天荒な人物であったという事実の裏づけがあるからこそ成り立つのだと知って二重に驚いた。

アレクサンドル・デュマは黒人の母をもちフランス革命期に活躍した「黒い悪魔」ことデュマ将軍の息子として生まれた。父将軍は、デュマが幼い頃には既にナポレオンと衝突し隠遁を余儀なくされ病におかされ早逝しており、その為にデュマ母子は貧しい生活を送っていた。しかしデュマは将軍としての父の活躍を誇りを胸に、自分も将来偉大なる父に近づきたいという野望を持ち続けていて、その幼い日々の思いはデュマの生涯に亘って消えることはなかった。

そんな幼い日からの思いと、黒人の血を1/4受け継ぐという出自が、貧しい子ども時代を送りひょんな思いつきから劇作家を目指しパリに出てさまざまな曲折を経て、ベストセラー作家になり、有り余る収入を得るようになってからの大散財、30数人とも言われる愛人を持ち、七月革命やイタリア統一運動への参画といった作家らしからぬ破天荒な生涯を送り、遂には破産してわずか一枚の金貨を握っているだけで死の床についたというドラマチック過ぎるデュマの人生に終始強い影響を及ぼしていたことを佐藤賢一のストーリーテラーとしての手腕は見事な物語に仕上げており一気に読ませるものがある。

佐藤賢一はデュマ家の三代、大デュマの父を主人公にした「黒い悪魔」、デュマの息子で「椿姫」などの作家として名高い小デュマを主人公にした「象牙色の賢者」と本書をデュマ三部作として書いているという。残りの2冊も是非読んで見たいと思った。

（参照：「メアリー・スチュアート」）