ふくわらい　　　　　西加奈子　　　　　　朝日新聞出版　　　　　

この作家の作品では以前「きりこについて」を読んだが、「夢見る少女」的な発想をもつ大人の女性作家と言える、男性作家には思いもつかない着想力がなんともユニークで感心したものだが、この作品もまさにそんな女性作家らしいなかなか豊かな発想力に基づく作品といってよいだろう。（もっともこの作品には少女的、という部分は決して多くないが）

25歳になる女性編集者鳴木戸定だが、彼女は幼少期からふくわらいに異様なほどのめりこみ今も人の顔をみると架空のふくわらいを楽しむという一風かわった発想の持主である。

5歳で母を失った後、彼女は紀行作家の父とともに世界各国を旅しながら成長し、数々のユニークな経験を積み、目の前でワニに食べられてしまった父親を火葬し、現地人の習慣に倣って、その肉を食べたという経験さえもっているのだ。

成人した彼女だが、その生い立ちもあって、ちょっと世間ばなれした感覚を持ち、他人からは感情など持たないマジメな変わり者とみられがちな女性編集者に育っていた。

物語は、ある面では極めてシュールである。彼女の係わる人達、ひたすら過酷なプロレスに打ち込むレスラー守口、幼い頃から彼女の乳母を務め今も定の母親的存在である悦子、全盲の好男子で定にぞっこんの武智次郎、定の担当作家である水森康人、それぞれにユニークな感情、感性をもった人々なのだが、定が見ているそれらの人々は、その人本人の見てくれではなくその人物の本質でり、それは正に、まるで彼女が想像上で作るその人の完全なふくわらいの顔であるようでもある。