海賊とよばれた男(上下)　　　　百田尚樹　　　　　　講談社　　　　　　9/21/13

伝記小説作家といえば直ぐに思い浮かぶのが「男子の本懐」や｢落日燃ゆ｣などの作品がある城山三郎だが、この書評欄でも以前書いたように（参照：「気張る男」）、城山の伝記小説はどれもその人物の事績などの資料の抜書きに多少のストーリーをつけたといったもので、主人公やその周りの登場人物が描けていない無味乾燥なもので小説としても、伝記としてさえも評価できないものばかりだった。

城山の作品のこういった欠陥は、城山自身が必ずしもその人物を評価(悪い評価であるにしても)しているわけではなく、｢この人物を取り上げれば話題になるだろう｣という商売っ気が基にあるからではないかとも思ったものだった。

本書の著者、百田尚樹の場合、主人公のモデルである出光石油創業者、出光佐三という人物に、心底驚嘆し惚れ込んでいる―――という点で、まず伝記小説大家といわれた城山をその第一歩から大きくリードしているし、往々にしてストーリー展開上とか、大衆受けを狙う意味で、事実と明らかに異なった記述を多用して批判を浴びた城山と違って、多少の誇張や、省略、誤認はあるにしても、出光佐三という破天荒な傑物の事績をかなり忠実に辿っており、城山の作品のように明らかな「ウソ」がない（少なくともそう思わせる）という点において優れており、その結果が、まるで痛快冒険小説でもあるかのようなストーリー性があるものとなっているという点でも断然引き離しているといってよい。

まあ、それは一重に城山が取り上げた人物、広田弘毅や浜口雄幸、あるいは松本重四郎といった多少なりとも毀誉褒貶のある人物と違って、本書の主人公のモデルである出光佐三という人物が、日本のエネルギー産業を外資や、官による統制から守るために戦い抜いた誰もが認めるヒーローであるという点にも大きな理由があるといってよいだろう。

出光佐三が「海賊」といわれるようになった海上での漁船への燃料油販売、満州での活躍といった戦前の活躍、そしてゼロからの再スタートとなった戦後、それでも一人の馘首もせず｢大家族主義｣を貫き通し、民族系企業として西欧資本の資本受入れ、提携を全て拒否、常に石油の自由化の為に戦い続けた戦後の軌跡等々、あの有名な「日章丸事件」などを交えながら展開する物語は、「これが本当に実際に起きたことなのか！」と驚かされるほどの波乱万丈さである。

本編の中で何度か触れられている出光佐三が愛して収集した「仙崖和尚」の書画を出光美術館で何回か見たことがあり、この小説を読んでからあの時、土産に買った幾枚かのポスターをあらためて眺めてみつつ、出光佐三という人物、そしてその人物を再発掘して世に知らしめてくれた百田に感謝したのであった。

(12年7月発行）