マルクスが日本に生まれていたら　　出光佐三　　　　春秋社

百田尚樹の小説「海賊とよばれた男」の主人公のモデルは出光石油の創業者出光佐三だが、彼は企業経営理念に「人間尊重」を掲げ、家族主義経営、タイムカードなし、定年制度なし、労働組合無し、といった独特の社風を貫いた信念の人として描かれている。

本書は出光佐三が80歳の折り、自らの経営理念について語ったものであり、「海賊とよばれた男」の中でも言及されていることもあって新版としてあらたに出版されたもので、出光哲学ともいえるこの「人間尊重」理念が熱く語られている。

出光は日本にマルクス主義思想が紹介された明治期からこの思想に着目していたことは驚きだが、しかも反共、反社会主義の声が高かった時代から、「この思想のよいところは取り入れるべきだ」と主張していたことには更に驚かされる。

佐三は、マルクスの思想の出発点は、資本家階級による搾取への反発であったが、それは出光の理念の出発点が若き日の彼が大阪で経験した「黄金の奴隷」となりはてた成金たちへの反発と同じであり、またその到達点も「搾取のない人間が人間らしく生活できる社会」を目標にしていた点でマルクスも出光も同じだという。

しかし、同じ出発点、同じ目標でありながらマルクスと出光ではそこに到る筋道が全く違うという。

マルクスは古くから闘争の歴史ので彩れてきた西洋の社会背景からすれば、彼の目標とする社会に到達するには、どうしても「階級的対立闘争」が不可避であると考えたが、古くから「和をもって尊しとなす」の精神で社会を築いてきた日本では、理想に到達するためには闘争ではなく、互譲互助、和の道、をもってすべきであると考える。その違いがマルクス主義と出光の人間尊重理念との違いだ！と説く。

ソ連をはじめとする共産主義体制が崩壊し、残る中国や北朝鮮をはじめとする社会主義国を名乗る国々の醜悪な名ばかりのマルクス主義国の現状をみれば、出光が今から半世紀も前に喝破したマルクス主義の失敗の可能性はある意味では極めて一方、「金さえ儲ければよい」という拝金主義が横行していた当時に、本書に述べられているような意見を、堂々と信念をもって行なっていた出光佐三という人物の理想に燃える強い意思にはほとほと感心させられる。

勿論、出光イズムが100％正しいとか、あるいは「皇室中心の和の精神こそが日本の原型だ」という彼の歴史観こそが正解である、ということはないとは思うが、何しろ一生を通じて「人間尊重」という強い信念の下に、日本型の資本主義自由競争を貫こうとした経営者としての彼の偉大さはおおいに再評価されるべきだろう。

今の日本の代表的経営者といわれる人達の小物ぶり、（中にはブラック企業のオーナーとして名を馳せながら、政界進出を果たした「大経営者」までいる）に比べ、一昔前、佐三の時代の経営者達の人物の大きさには、ため息が出る。