おさん　　　　　山本周五郎　　　　　　　新潮文庫

没後半世紀近くになるが、山本周五郎の時代小説は、いまでも良くよまれている。

代表作「樅の木は残った」のような長編もよいが、本書に集められているような短編にこそ山本周五郎の人気の秘密があるように思う。

小説の設定としては江戸時代いやそれ以前の時代を置くということには随分とメリットがあるように思う。すなわち、海外を舞台にするのと違って同じ日本を舞台にすれば、社会における人と人の人情の機微、親子、男女等の間の愛情といったものに違和感はもたれないだろうし、むしろ「いつの時代も人情はそんなにかわらない」といった共感が得られるだろう。

しかも、江戸時代といったちょっと「異次元の話」となれば、現代を舞台にしたら「まさかそんなことはあり得ないだろうに！」といった違和感もないまま、結構自由な小説設定が出来る。(SFのタイムスリップ物も同じ原理だ）

共感が得られ、かなり極端な設定をしても違和感をもたれないという意味では、時代小説というのは中々便利な手法だとおもえる。

「おさん」の中で語られる男と女の「性」の持つ哀しさ、｢並木河岸｣の中で語られる夫婦という一組の男女が辿る歴史の重さ、悲しさ、「その木戸を通って」の中で語られる男女の出会いと別れ、いずれも「ああ、今でもこういう話はいくらでもあるなぁ〜」と思わせるものだ。

10篇は昭和17年から37年迄の20年間に書かれたものだが、その20年という年月ばかりか、没後半世紀という隔たりを感じさせないのはやはり「時代小説」ならではのものということなのだろうか。（参照：｢日々平安｣）