母ともっちゃん　　　　　道浦母都子　　　　　岩波書店　　　

自らの全共闘時代を綴った短歌集「無援の叙情」を発表した彼女の全歌集（｢道浦母都子全歌集｣）の書評でも書いたが、多くの全共闘世代が辿ったと同じように、今日までの人生において様々な思いがあったのではないだろうか。

あの闘争から既に45年、全共闘闘士ばかりではなく同世代を生きた人々にとっては、それぞれがこの45年をどういう思いで過ごしてきたのだろうか。

「なんの為に学問をするのか」という疑問から発したはずの東大紛争にしても、それぞれがあの闘争の中で、そしてそれ以降の人生において自らが発した問いかけの答えを得た者はほとんどいない。

それであればこそ、ある闘士は、その後猛烈サラリーマンになり高度経済成長の尖兵として過ごし、全共闘時代とは180度ことなった道を歩んだであろうし、ある者は、あの時代は、正に青春の夢であったかのように忘却し、今、時々ただ過去の懐かしい思い出として懐古するだけなのかもしれない―――。

そのことが悪いという訳ではないが、「一体、あの闘争はなんだったのか」という思い無くしてただ単に「あの時はこうだった」と懐かしむだけ、というのもなんだか虚しくはないだろうか。

道浦母都子が気になるのは、まさに同年代の女性として、彼女があの時代の自らの行動を、どのように総括しているのか、という点に興味があるからだ。

このエッセー集は、そんな彼女が40代から50代にかけての普通のおばさん、としての感じたことが美しい文章で描かれている。父との葛藤、母の思い出、全共闘時代に対する回顧等々だが。その中に、彼女がかつて「無援の叙情」で歌った女闘士としての日々を、どう総括したのかは、出てこない。

青春の一時期の蹉跌として捉えているのか、それとも忘れようとしてなお忘れられない悔悟の時期ととらえているのか−−−。

元闘士の歌人といった面は余り出てこない。それは即ち、この歌人にとっては「無援の叙情」を歌っていた時期は、今や単なる「懐かしい思い出」なのだろうか−−−。

母親との様々な葛藤や愛憎があったことだろうが、彼女はやはり普通の娘に戻って母の死に当たって歌った歌、本書のタイトルにもなった

「もっちゃん」と最後に呼びし母のこえ那智黒飴の甘さのような

は秀逸だ。