進化の謎を数学で解く アンドレアス・ワグナー 文芸春秋
適者生存という自然界のルールに従って、弱い者が滅び強い者、環境に適応したものが生き残る。この繰り返しのことを自然淘汰と呼び、生命進化の原動力であると喝破したのがダーウィンによる進化論である。
8000メートルのヒマラヤ山脈を超えて渡りをするアネハヅルも、造山運動によって徐々に高くなるヒマラヤを越えることができたアネハヅルの子供が子孫を残し、ヒマラヤを越えられなかったアネハヅルは子孫を残せなかった―――という幾世代もの繰り返しが、結局は今、アネハヅルはヒマラヤを越える能力を身につけていることにつながったのだというのが、まさに「自然淘汰」の理論だ。（参照：「小さいことからコツコツ]4/28/15」
地球に生命が誕生してから38億年、これだけの悠久の時間があれば、最初に誕生した単細胞生物が、自然淘汰の選択を潜り抜け我々人類を含む実に豊かな多種多数の生命体に進化することは可能だ――というのが、「自然淘汰」に基づく進化論の根本的理念なのだが---。
ところが、自然淘汰の為の多様な選択肢のもとになる「突然変異」を生みだすといわれる遺伝子 (DNAを構成するタンパク質)の組み合わせの変異の可能性を考えると、38億年などという程度の時間では、なぜそんなに「都合よく環境に最適な突然変異が生まれてくるのか」 という答えには全く足りないという。
すなわち、わずか100個のアミノ酸を持つたった一つのたんぱく質でさえ、そのアミノ酸の組み合わせの可能性は10の130乗通りあり、たんぱく質が2つ以上組み合わせられた場合のDNA変異の可能性は考えられない程膨大な数に上る。そんな膨大な可能性をアトランダムに試している時間は、38億年どころか天文学的な時間がかかってしまうというのだ。
ダーウィン自身も「自然淘汰」の仕組みは提唱したものの、それではなぜそんなに都合よく、最適な組み合わせがかなり短期間に出現するのかという疑問にはこたえられなかった。すなわち、いままでの進化論と自然淘汰は、根本の仕組みをあいまいにしたまま「頭から信じ込んできたに過ぎない」という訳だ。
本書で著者は、この生命進化における「最適者の到来」の謎を数学とコンピューターを使った大胆な仮説を提唱する。キーワードは著者が5000次元の図書館に例える「遺伝子型ネットワーク」と呼ぶ膨大なデーター倉庫だ。
生命は、この図書館に必要なものを検索に行けば容易に最適のアミノ酸の組み合わせを探し出せるし、その最適な組み合わせをさらに補強する二次的、三次的なアミノ酸組み合わせを選び出すことは、比較的容易に可能だというのだ。
この「遺伝子型ネットワーク」の考え方自身、著者がことばをつくして解説してはくれるが、いささか難解であるものの、ダーウィンが悩み、あるいは最近は複雑系の理論で説明されることが多かったものの今一つ納得のいかなかった「生命進化のための自然淘汰をもたらす突然変異は、一体どうして生みだされたのか」という問題に対する仮説として斬新であり大いに納得のいく説といえる。
もっとも、それではなぜに生命はそんなに強靭なのか？という疑問は残るが。
（参照：「自己組織化と進化の論理」m）
(15年3月発行)