多数決を疑う 坂井豊貴 岩波新書
今週どうにか米国議会で可決されたTPP交渉権を大統領に与えるTPA法案だが、ここにいたるまで実に複雑な経緯を辿ってきた。
TPAが可決されればTPP交渉は一気に進む可能性があるが、大統領与党である民主党の多くの議員は、労働組合などの後援組織がTPPに反対していることもあって大統領与党であるにもかかわらずTPP反対であった。
それでは、と大統領が妥協策として提案してきたのが、TPPによってしわ寄せを受けるであろう労働組合などに補助金を出すというTAA（貿易調整援助金）法案である。しかし、この補助金法案は、小さい政府を標榜する共和党にとっては受け入れがたいものである。すなわち、共和党はTPPには賛成、TAAには反対であり、民主党は、TPPに反対、TAAには賛成である。
先週、TPA法案とTAA法案がパッケージとなって下院の採決が行われた際に何が起こったかというと、TPPに賛成だがTAAなんていう組合への補助金に反対という共和党と、TPPに反対だからなにしろ大統領に交渉権を一任したくないという民主党議員の思惑が一致、このパッケージ法案は否決されてしまった。
共和党が過半数を占めている下院では、単純にTPPの可否を問えば、おそらくTPPは承認されるだろうが、TPP・TAAバッケージ法案が否決されたことによって、結果的には多数意見であるはずのTPPが承認されないという事態になってしまった。
民主主義の根幹であるという多数決であるが、このように、多数決システムが上手く機能しないことは往々にしてある。
多数決である物事を決定すれば、少数意見は無視されることになるが、それが本当に「民主的」といえるのかどうか。
逆に、2，3位連合などによる野合的な連携によって、少数派が多数意見をないがしろにしてしまうこともあるが、果たしてこのような意思決定システムが民主的といえるのかどうか―――。
「公共選択論」「社会選択論」の専門家である著者による、よりよい社会選択の方法についての論議は、中々面白いが、ただ、直接民主制に代わる間接民主制という制度そのものに民主主義の基本原理とは矛盾してしまう根本的な欠陥が含まれていること、又、多数決という決め方(可決に必要なのが、過半数であるにせよ、2/3であるにせよ)間接民主制における意思決定を行える「よりマシな」方法であるという前提をすっかり忘れて多数決制の矛盾点ばかりをあげつらっても、所詮は「学者バカ」による蒟蒻問答のようなところがあるようにも思う。
現代社会において直接民主制が物理的に不可能であるというあきらかな事実を前にして、神学論争的な堂々巡りに終わっているところが気になって仕方がない。
また、著者自身も直接かかわったのだと思うが、国分功一郎の「来るべき民主主義」(2439)に書かれた小平市における都道建設反対の為の住民投票について、「少数の意見が通らないのは多数決の横暴だ！」等と、我田引水、牽強付会が過ぎるところもあり、本書の価値を大分落としているようにも思えた。
(15年4月発行)