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東京の三十年 田山花袋 岩波書店
「再び草の野に」や「田舎教師」などの作品で知られる明治の文豪、田山花袋が明治14年に11歳で上京してからの東京という街
の移り変わりと、その間における花袋自身の多くの文学仲間、あるいは師と仰ぐ明治の文豪たちとの交流を忌憚なく描いた赤裸々な記録といえるのが本書であるが、幕末からわずか10数年後から日清、日露の戦争を経て目まぐるしく変わる明治の時代的な雰囲気を知る意味での歴史資料としての面白さと、今や名を知るのみでしかない文豪たち（国木田独歩、島崎藤村、柳田国男等々）の、生身の文学青年としての息吹（ゴシップ的な意味も含めて）を知る上でも二重三重に楽しめる貴重な一冊といえる。
私淑した紅葉・露伴・鴎外等先輩大家に対する評価も必ずしも「私淑」の一言では語れない忌憚のない批評（というか批判ともいえる）を多分に含んでいるし、若くして亡くなった朋輩たちとの交流の中にも、冷徹に彼等の作品を見つめ評価する花袋の目が現れており、当時も話題を呼び批判もされたという花袋という明治の気骨ある作家のスノビズムが著されており実に面白い。
これだけ、多くの作家が登場するにも拘わらず、漱石に関する記述が全くと言ってよいほどないのが、不思議な気がするが「自然主義」といわれる花袋の作風と、漱石のそれがあまりにも違い過ぎ、花袋、漱石ともにお互いの作品に対して厳しい評価を下しあっていた―――といったことが関係しているのかもしれないが、こんな点も今から100年以上も前の文壇の様子を知る上で実に面白いと思った。
（81年5月発行）