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紙の月 角田光代 角川春樹事務所
角田光代の作品では「対岸の彼女」「八日目の蝉」を読んだが、いずれもの作品が我々男にはどうしても分かり得ないであろう、「産む性」としての女性的な生理からくるであろう女性特有の心理とその心理によって起きるであろう、男にとって不可思議ともいえる行動の悲しいまでの葛藤を描いていて、なんだか秘密の園を覗いたようなドキドキ感をあじわったものだったが本作でも、全二作同様に女流作家である角田光代ならではの作品である。
まじめな性格の専業主婦であった主人公の梅沢梨花には結婚後数年が経過しても子供ができないという悩みを抱えていた。
そんな焦燥をかかえた彼女は気分転換の意味もあって軽い気持ちで銀行のパート社員として働き始めるのだが、まじめで正義感の強い性格もあって特定の顧客がつくようになり契約社員になるようにとの声がかかるほど銀行の上司からも信頼を得るようになっていた。
律儀に排卵日を計算するなどして、子どもを産みたいという望みを捨てずいた夫婦だったが、そういったプレッシャーもあったのだろうか、夫はある時、排卵日を告げ性交渉に誘う彼女に臆したのかその日以降、彼女の身体にふれようともしなくなってしまった。
そんな彼女は、ある時、買物に出て衝動的に買い求めた品の代金が不足したため、顧客から預かってきた金の中の中から5万円に、ほんの短期のつもりで手をつけてしまうのだが、その5万円がきっかけになり衝動買いの度に顧客の口座に手をつけるような自転車操業に陥ってしまう。
そんな彼女の前に、重要得意先の老人の孫、若い光太が現れる。夫の海外赴任という事態も重なり、彼女はある時、ふっとした勢いで光太と肉体関係を持ってしまい、この光太を繋ぎ止めたい一心から横領の額はうなぎ上りに嵩んでいき遂には一億円という金額にまで達してしまう―――。
実際にあった女性による巨額横領事件を題材にしたものと思われるが、たしかにかつて起きたこの手の女性による巨額横領事件の動機として伝えられるもののほとんどが、男に貢ためのものであったこと（三和銀行事件の伊東素子の横領事件など）であり、男のこの種の事件の動機である「ギャンブル」「豪遊」などとは根本的に違うことの、角田光代なりの解釈が「産む性としての女性の複雑な生理」だという点に、男としては（知らないだけに）コロリと納得してしまえるところがあり実に面白い。
犯罪心理劇の常套手段ともいえる「いつ発覚してしまうのか？」というスリルを読者も味わえるし、結局光太にすてられて海外に逃亡しても「愛するものの為にやったことであり、悔いはない」と言い切れる主人公に、女の不可思議さを改めて感じた。
（14年9月発行）