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夢遊病者たち（１，２） クリストファー・クラーク みすず書房
1，2巻合計800頁を上回る本文と分厚い源註と索引がついているという大著であり、読了まで相当の日数を要したし、内容が実に濃いこともあって読了後には疲労感があったものの、十分な満足感を与えてくれる2冊だった。
ここで取り上げられているのが、今から100年以上前に起きた犠牲者1700万人にも及ぶ第一次世界大戦である。
第二次大戦、あるいは日清、日露など日本の命運を大きく変えた戦争に比べ、主戦場が遠くヨーロッパでありしかも20世紀初頭という遠い時期に起きた戦争であったこともあり、せいぜい「サラエボで起きたオーストリア皇太子暗殺が引き金となった」とか「戦車や毒ガスといった大量殺りく兵器が最初に使われた戦争」といった歴史教科書でならった事柄程度の知識しか長く持ち合わせていなかったし、あるいはレマルクの名著であり中高生の頃に見て未だに自分にとっての名画の五本の指にはいる「西部戦線異状なし」で培われた反戦意識の源としての印象しかなかった戦争だが、本書を読んで改めて、実に大変な戦争であり、これだけ重大なことが、こんなに訳の分からない人間同士のいさかいや、個人のプライドや欲望といった物とその複層的な行き違いが元で起きてしまうのか――という戦慄すら覚えた。
読後感には、呉座勇一著「応仁の乱」を読んだ時に感じたもののまさにデジャブとしてよみがえったのは、「なぜこれだけ大きな戦争が起こってしまったのか――」「これだけの犠牲者を出した結果、一体、この結末はどうついたのか――」がどこまで深堀してもさっぱり分からないということだ。
本書は、他の多くの第一次大戦を扱った書と違い、戦争の経緯、いわゆる戦記的な部分がほとんどといってなく（ベルダンやソンミの詳細といった正に他の第一次大戦物がメインに置く部分はほとんどない）、メインに置いて記述しているのは第一巻のほぼ全般を通してあのサラエボ事件という発火点に至るまで、一体、誰と誰が、何をしていたか、彼等がいかに愚かであったのか―――といった人物中心の記述になっている点であり、第二巻でもやはり戦争がこれほどまでに収集が付かなくなってしまった原因である戦争に参加したそれぞれの国における事情、人物別の個性や思考の短絡さ、といった点であり、第二巻も戦争が更に複雑な様相を見せ泥沼化して行く中で、やはり国同士、人同士の愚行によって収拾がつかなくなっていく様である。
結局、誰と誰がこの戦争において最も責任があるのか―――といったこの手の書物が触れるであろういわば「結論」「総括」といったものが本書ではないとはいわないまでも、やや曖昧である点について批判的批評があるようだが、著者が言いたかったことは、結局、どこまで追求しても「一体、何故、何のために起きた戦争だったのか？」は、戦争終結後100年経っても、あるいは1000年経っても分からない、ということなのかもしれない。
著者が度々触れていた点で、ドキリとさせられたのはこの第一次大戦の経緯と、現代の世界政治情勢の気味悪いほどの類似点だ。
指導者、あるいはそれを取り巻く宰相たち、その一人一人が今の世界の誰其とそっくりでは？などと思うことも多い。
例えば、朝言ったことの正反対を午後にはいうカイザーウィルヘルムが、極端なほどの人種差別主義者であったことなど、まさに今のアメリカ大統領そっくりではないか？等と思った。
(17年1月発行)