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劇場 又吉直樹 新潮社
この作家のデビュー作にして芥川賞受賞作となった「火花」は、「お笑い芸人」という著者自身の住む世界を舞台にした物悲しい青春グラフィティとして印象に残る作品だったが、芸人と作家という多忙な生活の中で書いたこの第二作も、お笑い芸人と同じく「演劇」という自分とは全くと言ってよいほど縁遠い、いやむしろ毛嫌いしている世界に生きる若者が主人公であり、しかも今回はそんな世界に生きる主人公と地方から出てきて一人暮らしをする純粋無垢な女性との「恋愛」がもう一つのテーマになっている作品で、前作とかなり似たテーストではあるものの、知らない世界を知ることができたという嬉しさがあったし、十分楽しめる作品だった。
この作家はまだこの二作を発表しただけではあるが、このわずか二作によって早くも、文学界において「又吉流」といわれるような作風を生み出したのではないかと思えるところがある。
青春時代に「何かを表現したい」という意欲を持つ人が多いことは確かだ。しかし、そんな夢とも野望ともいえるものを抱く若者も、成長と共に生活という現実に押しながされ、又自分の才能の限界を思い知る――等の挫折を経る中で「青春の夢」を放棄していく者も多いが、それでもその「何かを表現したい」という夢を演劇という世界に求め、喰うや喰わずの生活を続けている若者達がいる―――。
そんな、見方によっては「ダメ男」、又別の見方をすればいつまでも夢を追い続ける羨ましい若者でもある主人公が出合ったのは、服飾系の大学に通う沙希という女性だった。
主人公である「僕」は沙希のアパートに転がり込み、脚本を書くという大義名分の下で、ゲームに逃避する生活を続けるのだが―――。
売れない脚本家、とその生活を献身的に支え続ける恋人－－－という戦後の無頼派作家たちの生活を彷彿とさせるような生活が描かれ、この主人公のある種自己陶酔的な演劇論や、才能が認められつつあるライバル的存在に対する主人公の嫉妬心――といった正に無頼派作家たちを思い出させるような展開は、出だしや途中の展開がどちらかというと軽く感じられたこの小説が、実は心理的には極めて重い作品なのだ―――ということを教えてくれる。
「火花」での最終場面、コンビ解散の時の最後の漫才のやり取りが、まんまとこの作家の術中にはまってしまったようではあるものの感動的であるのと同じように、献身的であるがために主人公に振り回され遂には精神的に崩れていく沙希が、東京を引き払い国に帰って行く場面での、主人公の沙希への感動的なラブコールの場面で、一気にこの作家の術中にはまってしまわせられる。
女に寄生する芸術家と、献身的な恋人というある種、使い古された展開ながら、それを難なくこなして読者を感動させるのだから－－－お笑い芸人としての著者ならではの感性といったところも多分にあるのかもしれない。
(17年7月発行)