屋根屋 村田喜代子 講談社
「見た夢を人に話してはいけない」と幼い頃、母に教えられたが、理由は分からないままに未だに、この教えを何となく守っている。
人に話すと正夢だったら、その話は実現しなくなるし、逆夢だったら実現してしまう、という迷信に基づくものだったらしいが、フロイトの夢判断では、夢というのは自分すらも気づいていない深層心理の表れでありその大本は性欲だ―――等と聞くと、やはり恥ずかしくてあまり人には話せないように思うのだが―――。
ただ、そういう前提を抜きにすれば、夢というものと現実世界はある意味表裏一体のものであり、どこが夢でどこからが現実世界なのかが分からないところがあり、実に不思議で面白いものだとも思う。
「エリザベスの友達」で初めて知ったこの作家に興味をもって手に取った一冊だが、この小説も実に小説らしい一作で、夢と現実の混沌とした境目をいったり来たりするうちに、何とも不思議な幻想的気分にさせられる傑作といえる作品だ。
大学生の一人息子のいる主婦である主人公の家の雨漏りを修繕にきた屋根屋の永瀬という男は、妻に死なれてから神経を病み、その治療の為に夢日記をつけるようになったという。
その夢日記をつける習慣から徐々に、自在に夢の世界へと自由に行き来することができるようになったという。
その永瀬の話に興味をもった主人公に、彼は「奥さんが上手に夢を見ることが出来るごとなったら、私がそのうち素晴らしか所に案内ばしましょう」という。
永瀬の話す、広大な屋根の上の美しさ、静かさに憧れを言たいた主人公は、夢の世界に入るトレーニングを重ね、その内に、二人は夢の中で、法隆寺やフランスの大聖堂へと出かけるようになった―――。
日本の寺院の広大な屋根、フランスの教会の高くそびえたつ尖塔の上、といった想像の世界が、夢の世界というこれまた現実とはかけ離れた世界の中で混じり合い、それがこの主人公と永瀬の現実の世界と更に混じり合って―――というなんとも幻想的で小説的ならではの世界が醸し出される。
また、夢の中でみる寺院の瓦には、昔、この寺院の瓦を葺いた職人達の落書きがのこっており、その落書きを追うことで何百年という時空さえも二人は飛び越えてしまう―――となると作者の作り出す想像の世界のスケールの大きさに圧倒される。
（14年4月発行）