無限論の教室　　　　　野矢茂樹　　　　　　　　講談社　　　　　　

「無限とは果てがないこと」などといわれても有限世界に生きている我々にとって「果てがない」ということを概念的に捉えることはできない。

無限大にせよ無限小にせよ一体、どう頭に描いたらよいのか―――。

ガモフの著作を始め、この読書日記でも何冊かの無限論に関する著作を取り上げたが（「無限の考察」　「無限の果てに何があるか」etc.)、あらためてどの程度無限について理解しているかと問われれば、「全くと言ってよいほど理解していない」と答えるのが正直なところかもしれない。

そんな身にとっては、本書は「無限」についての「おさらい」にうってつけの一冊と言ってよいだろう。

先生と生徒二人だけで行われた「無限論」についての大学の哲学講義というストーリー仕立ての中で語られる無限論は、ある意味では青春物語的要素を醸し出しており、なんだか浮世離れした感じのこの先生の人柄、もう一人の女生徒にふんわかした気持ちを抱く主人公の男子学生の3人が醸し出す知的論議は、理想の大学生活を思わせる。

そんなほのぼのとしたムードで実に深淵な無限論が俎上に乗るというのだから本書は一味も二味も違うユニークな無限論といえる。

無限に対するアプローチには数学的なアプローチ、論理学的なアプローチ、そして哲学的なアプローチなどがあるが本書のアプローチは論理学的、哲学的なものと言ってよいだろう。

冒頭、主人公の男子大学生が先生から「無限とは何ですか」と問われて｢一番大きい量のことでしょうか｣と答え先生がうれしそうに「それが、もっとも愚劣な答えです」と言うことからも分かるように、この講義の内容は実はそうそう生易しいものではない。

先生は「無限とは、もはや量ですらない」という。先生は、現在主流の無限論である「実無限」に反対する少数派「可能無限」派を自認しているようで、その可能無限論が展開するのだが−−−。

講義は、カントールのパラドックス、そしてラッセルのパラドックスという無限論においては必ず出てくる論理思考の解説からゲーデルの不完全性定理にいたるまで実に丁寧だ。

しかし、先生によれば、そのゲーデルの不完全性定理が明らかにしたことが、「実無限と可能無限のどちらが正しいのかは決着はつけられない」ということだとなると、またまた無限の迷宮に入り込んだような気分になる。

無限を考えるということは結局メビウスの輪を歩き続けることにほかならないのだろうか―――。それならそれで、無限の迷宮に更に分け入ってみたいという何だか得体の知れない誘惑に駆られる。

(98年9月発行)