千年の祈り　　　　イーユン・リー　　　　　新潮社　　　

インド系アメリカ人であるジュンパ･ラヒリの「停電の夜に」は、インドという固有の文化を離れ異郷の地であるアメリカに住むインド系アメリカ人を主人公にした短編集であったし、ハ・ジンの「すばらしい墜落」も生まれ育った中国を離れアメリカで暮らす中国人作家が描く流浪の民となった同胞たちを主人公にしたものであった。

自由を求めて、あるいは貧困から逃れるために新天地をもとめて故郷を捨てる人たちの物語は、故郷にもそして新天地にも拒絶された人々の哀しく切ない境遇を語って中々感動的であった。

本書の著者、イーユン・リーも又、幼少時に文化大革命の荒波を経験し、天安門事件における反体制活動によって中国から追われるようにしてアメリカに渡った作家であり、その彼女のデビュー作は、彼女と同じように中国を離れアメリカに住み、尚中国の文化、因習、そして親子の関係を引きずる人たちを主人公にした十篇の短編集である。

ユダヤ人をはじめディアスポラ（流浪の民）となった民族は多い。インド人の多く、そして台湾、中国、韓国からも国を捨て新しい天地を求めてアメリカを目指した人は多い。我々日本人はこういった移民経験を持たないだけに、その題材自体が新鮮でショッキングでさえある。

古い因習と腐敗した共産主義にいたたまれず新天地アメリカで暮らすことになった中国人だが、新天地は彼等にとってはあくまでも異郷であり、離れたつもりの故郷中国人というアイデンティティーはどこまでも彼等にまとわりついて離れない。

十篇の短編いずれも、アメリカに渡った中国人たちが感じる流浪の思い、故国にも新天地にも馴染めない個人の孤独感、親子、世代、歴史の断絶感を描いて物悲しく感動的だ。

経済発展にわく中国だが、14億ともいわれるその国で暮らす人たちは一体、何を考え、どのようにして生きているのかを外に住む我々は全くと言ってよいほど知らない。

そんな中で読む、本書や「すばらしい墜落」は、物語として読むと同時に、どうしてもノンフィクション的なものとして読んでしまいがちだ。そしてどうしても中国という国に住むことは過酷なことなのではないかという印象をもってしまう。

本書が英語で書かれたのも、中国では発禁になることを作者が予測したからこそということなのだろうか。

(07年7月発行)