大西洋漂流76日間　　　スティーヴ・キャラハン　　　早川書房　　

「ロビンソン・クルーソー」をはじめ子供時代から実に多くの漂流記を読んできたのは、生死ギリギリの漂流という設定がもつ緊迫感と迫力が読書という孤独な（当たり前だが）な作業にぴったりだということがあるからかも知れない。

吉村昭の「漂流」　「アメリカ彦蔵」などの名作を読んだ時に覚えた身震いするような迫力は忘れられない。

本書、スティーヴ・キャラハンによる漂流記は、漂流者自身による漂流回顧ドキュメントであり、その迫力、緊張感は今まで読んだ漂流記の中でもトップクラスだ。

キャラハンの乗るヨットは、82年2月4日、嵐の大西洋上で何物かに衝突（おそらくクジラだろうと彼は推測している）、嵐の中ヨットが沈没するまでの僅かの時間に、わずかな装備品を持って一人用の直径わずか168CMという赤ちゃん用のビニールプールのように小さな救命イカダに乗り移った彼は、以後、76日間大西洋を漂流することとなる。

漂流者の90％は漂流3日以内に死んでしまうといわれているが、彼は手製のモリをつかって魚を突き食糧とし、頼りない蒸留器をつかって海水から、わずかな真水を作るなどしていつ果てるともしれない漂流生活を続けたのだった。

漂流中、彼はイカダの漂流速度を測り、あるいは手製の六分儀によって自分のいる位置を推測するなどしてカリブ海の島に辿りつく日を計算するなど自らの位置を正確に捉えていた。

流れ藻のように漂うイカダの回りには、大型のシーラやサメ、あるいはモンガラがつかず離れずに泳ぎ、時にはこの小さなイカダをひっくり返そうと攻撃をしかけてくる。しかし、この危険きわまりないシーラなどの生物も、見渡す限りの大海原を一人漂うキャラハンにとってはその内に、この広い世界の中で誰にも知られず生きている生物同士だという意識が芽生えてくる。この辺りのキャラハンの回想は詩的で実に美しい。

大型船を幾度か見かけるが、必死の救援信号も気付いてもらえず、その内に遠く去って行く船を見送らざるを得なかった時の彼の絶望感、76日目に全く偶然に漁師たち3人が乗る船に発見された時の喜び等、全編、緊迫の物語だが、彼が大海原を一人漂う内に考えた生命と宇宙、あるいは自然と生物たちに関する想念は、哲学的ともいえる何とも感動的な要素を備えており読了後の感激は一入だった。

(99年5月発行)