蜩の記　　　　　　葉室麟　　　　　　　祥伝社　　　　　　

葉室麟の作品を読むのは「風渡る」、「秋月記」に次いで多分3作目だと思うが、本書を含めて、いずれも山本周五郎の「樅の木は残った」に似て、ある歴史的事件を小説的に新解釈を加える、というパターンであり、余り知られていない事件の歴史再発掘という面白さはあるものの、ただ余り知られていない事件であり、その事件にかなりの異質性がないと、物語全体が「だからどうだ！」と思われてしまうという難しさがあるケースになり易いという面がある。

本書に取り上げられている事件が、なにかこれに似た歴史的事件があったのか、あるいは全くの著者の創作なのかは知らないが(少なくとも自分にとっては全く聞いたことない事件である）「秋月記」のパターン同様、「ある小さな藩内における権力争い」忠義と陰謀のせめぎ合い、といったストーリーは、盛り上げ方によっては、感激的といえば感激的なのかもしれないが、やっぱり「樅の木は残った」で山本周五郎が切り拓き、使い古されたパターンという感は拭えず、二番煎じの思いは強い。そうなると、やはり「だからどうだというのだ」という思いを拭えなくなってしまうところはある。（まあ、ほとんどの小説は皆「だからどうだというのだ」ということなのかもしれないが）

主人公、檀野庄三郎は、ひょんなことで友人である水上信吾と城内で刃傷沙汰に及んだ末、からくも切腹を免れ、幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷の監視役を命ぜられる。秋谷は七年前、前藩主の側室と不義密通を犯した罪で藩主家の家譜編纂を十年間で行なうこと、そして編纂がなった十年後に切腹することを命ぜられている。

物語は、庄三郎が、この秋谷の清廉さに触れるにつれ、その無実を信じるようになり、秋谷の切腹阻止に乗り出し、秋谷が不義を働いたとされる事件の真相に迫ろうとする−−−というメインストーリー、そして、その裏にある藩内の家督を巡る争い、重臣達の不正、といった物語が輻輳的に描かれる、ある種の歴史ミステリーの趣もある。厳しい年貢の取立てに一揆すら考える村人たちを説得する秋月の誠意、といった物語なども加わるのだが、なにせ冒頭で述べたように、藩内のごたごた、人間関係がどうしても瑣末で、煩雑に思えてしまい物語を「感動的」にしあげようという作者の意図が空回りしているように思える。

作者としては、山本周五郎・藤沢周平の継承者の線を狙っているものとも思えるが、残念ながら、この作家ならではの独創性に乏しく、先人作家の焼き直しに甘んじている限りは、中々、彼等の域に達するのは、難しいようにも思えるのだが。