幸福な生活　　　　　百田尚樹　　　　　　　祥伝社　　　　　　

小説家としてのデビューは50歳になった06年、「永遠の０」からという変わった経歴の持主だが、元々は放送作家であったというキャリアーもあって、「海賊と呼ばれた男」などにも見られるように、ストーリーテラーとしてたちまち人気作家の仲間入りしたほか、NHK経営委員としての言動などもあって何かと注目を浴びている著者だが、本書はそのストーリーテラー振りをいかんなく発揮できる短編18編がおさめられている。

短編といっても星新一のショートショートよりは、ちょっと長い程度の作品ばかりなので、読み易い。

放送作家経験から来るのだと思うが、どの作品も「最後の一行」に、いわゆるオチをつける物語になっており、「最後の一行」のどんでん返し振り、を作家自身が楽しんでいるようにも思える。

ただ「最後の一行で読者の意表をつく」ということにこだわり過ぎて、設定があまりにも荒唐無稽過ぎるとか、読んでいる内にある程度最後のオチが想像ついてしまう−−−といった作品もあり、作品ごとの出来不出来の差が大きすぎるようなところも見受けられるが、エンターテイメント小説としては合格圏といってよいのではないだろうか。

痴漢の嫌疑をかけられた実直なサラリーマン、被害者を名乗る女、目撃者だと名乗る男たち、ややこしいことになるよりはと、示談金の支払いに応じたことをきっかけに、彼等の、金の要求が延々と続き、彼のささやかで温かな家庭も崩壊しそうになってきて―――という「痴漢」は、映画「それでもボクはやっていない」などの、痴漢冤罪を下敷きに読むと相当な迫力があり、その作品の最後の一行には、これは掛け値なしに驚愕した。

その他、夜帰宅してみると、自分の浮気相手の女性が妻と談笑していて−−−という「夜の訪問者」も、なんとも洒落た設定だ。浮気相手は妻がお茶を入れにいった隙に、男にキスを迫りボディータッチをしてくる。男は必死に妻に浮気がバレないようにと冷や汗をかくのだが―――この作品も「最後の一行」は、強烈だった。