春の庭 柴崎友香 文芸春秋
この作家の「きょうのできごと」 「きょうのできごと十年後」の二冊ともに、「ありふれた人達のありふれた出来事」を描いた作品で、作中にこれといったストーリー展開がある訳でもないという何とも言えない雰囲気をもった作品だった。
第151回の芥川賞受賞作の本作も、前作2作と同じ傾向の作品で、こういった「ありふれた日々」というのがこの作家の当面のテーマなのだろう。
芥川賞といえば、直木賞とは違ってむしろ「難解で分かり難い」ことをよしとするところのある作品が選ばれることが多いが、そういう意味では本作は別に難解ではないし、分かり難くもないという点では近年の芥川賞らしからぬ点はあるものの、多くの人にとっては、ストーリー展開がほとんどなく「面白くない」という点においては、いかにも芥川賞にふさわしいということもできるかもしれないが。
取り壊しが決まった古いアパートに住む主人公太郎は、二階に住む漫画家の女、西から、アパートの裏手に建つ洋風建築の家が、二十年前に刊行されたある写真家が妻と暮らした日常を写した写真集「春の庭」の舞台の家であることを教えられる。
その写真集の家の中が今もあの写真集通りなのかと、興味をもった二人だが、ある時貸し出し中だった家に引っ越してきた一家と親しくなったことで、その裏手の家の中に入りこむことができた。
二人が一番興味をもっていたのは、その家の風呂場のタイルが今もそのままなのかという点だが---。
ストーリー展開が小説にするほどの物か―――という程度にしか展開しないが、人の生きて行く日常とはまさに、このように大きなストーリー展開などないものだということを思えば、この作家がここまで「ありふれた日常」、しかし、数年の時間その日常を積み重ねると、大きなストーリーになっている「日常」を描いて、まさに諸行無常の雰囲気を描く巧みさに、感心させられる。
読後、もう一度読み直してしまった。
(14年7月発行)