胎児のはなし　　　　　　増崎英明・最相葉月　　　ミシマ社　

産婦人科医として40年の経験を持つ増崎英明長崎大学病院長と質問役のノンフィクション作家、最相葉月の対談集だ。

最相葉月のノンフィクションは「絶対音感」にせよ「青いバラ」にせよその対象テーマが面白く、この人のセンスの良さをうかがわせるが、今回も対談形式をとっていながらテーマが「胎児」というのだから是非読みたくなる。

そもそも、我々男性にとって妊娠、出産という女性ならではの経験は、全く未知というか知りようのない世界だし、その女性たちにとっても自分の体で起こることながら、胎児というものは全く未知のものに違いない。

胎児はそもそもどの時点から人間なのか（受精直後からか、妊娠何カ月目からかといった）という倫理の問題や、出生前診断による妊娠中絶の倫理問題、といった深い問題までもを、忌憚なく語り合う二人の対話は、科学であり、しかもその科学の描く将来といった問題にまで切り込んでいる。

「個体発生は系統発生を繰り返す」といわれるように、胎児は母親の子宮ないでは、水生生物であるが、出産と同時に産声を上げ肺呼吸に変る―――我々人類が、両生類と同じような形でこの世に生まれてくる―――ということ一つとっても、胎児にかかわる不思議さはとんでもなく大きい。

対談の中で「これってウソだろう」と思った位驚いたのは、父親のDNAが胎児を介して母親に入っている―――という話だ。自分のDNAは子供にしか伝わっていないという常識が覆り、胎児を介すれば自分のDNAが妻にも伝わっている―――というのだから、未だもって信じられない。（「似た者夫婦」という言葉があるけれど、夫のDNAが妻に伝わっているという話が本当なら、この「似た者夫婦」という言葉にも、生物学的根拠があるということにもなる――）

（19年3月発行）