そして父になる

十月十日（とつきとうか）といわれた約280日間の妊娠期間「自分のお腹を痛めて」我が子を産む女性と違って、ほとんど自覚もない内に「あなたの子よ」と言われた赤ん坊と対面する男性が、「父親」としての自覚や自信を持つに至るのは一体、どういった過程が必要なのだろうか。

今年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した映画「そして父になる」は、産院での赤ん坊取り違えというショッキングな出来事が巻き起こす2組の家族の物語だが、主演の福山雅治が演じる一流大学出のエリートサラリーマンの「父親」としての成長物語でもある。

イケメン福山雅治の人気からだろうか、観客はやはり女性が多いようにも見えたが、もし自分が赤ん坊取り違えという事態に遭遇したとしたら−−−と考える、お腹を痛めた経験のないままに頭で「自分はこの子たちの父親なのだ」と納得してきた「父親経験」のある男性もかなりの数いた。

大手建設会社に勤め上司からも同僚達からもその有能さを認められている主人公野々宮（福山雅治）は、都心の高級マンションに暮し、妻みどり（尾野真知子）と6歳になる息子の慶多との生活は、幸せそうだ。野々宮は現代のまさに勝組の典型だ。

そんな彼の家庭にある日、慶多が生まれた病院から、出産時に子供を取り違えた、という連絡が入る。DNA鑑定の結果、慶多と取り違えられたのは、群馬で小さな電気店を営む斉木（リリー・フランキー＝好演）夫妻の子、琉晴だとわかる。

一緒に暮したこともない血のつながった子と、6年間愛情をこめて育ててきた血のつながっていない子、どちらを選べといわれても決断できるような問題ではない、と野々宮と斉木の二組の家族の葛藤が始まるが、病院側の、このような取り違えケースの場合、ほぼ100％が、血のつながった子供を選ぶという説明に、二組はまず週末だけでもお互いに子供を交換することからはじめようということにする。おそらく、実際のケースを基にして書かれたのではないかとも思えるほどに、この辺からの展開の一つ一つが身につまされるようにリアルで、観客はこのドラマを我が事のように感じて物語に引き込まれるのではないだろうか。

ネタバレになるのでここからは映画を見ていただきたいが、世の母親そして父親たちに、子供にとって良き父親、良き母親とは何か、果たして自分は良き父親だろうか、良き母親だろうか、という問いを投げかける秀作と言って間違いない。

もう今更、赤ん坊の取り違え事件に巻き込まれることなどないだろうが、「血のつながり」というだけなら、多くの人にこれからも起こる可能性はあるかもしれない。例えば、ある時、あなたの腹違いの兄弟だという人物が現れたら―――あなたはその人物をどう受け入れるだろうか−−−。自分ならどう思うだろうか―――などと考えはじめたら―――その日の夜は中々寝付けなかった。

そうそう、この映画で2組の夫婦を演じた4人が好演していることが多くの映画評で賞賛されていたが、タカさんが付け加えるならば、慶多と琉晴を演じた二人の子役の自然な演技には感心させられた。是枝監督の演出の上手さということなのだろうとは思うが、最近の日本映画界での子役の演技力向上はめざましいものがあるように思う。

（10/10/13 9:00pm S.T.）

貸さない親切

ドラマ「半沢直樹」で彼が勤める「東京中央銀行」はメガバンクとして描かれていた。メガバンクといえばもちろん超一流企業であり、その幹部社員は、一流大学出のエリートで占められている。若手の内は忙しいだろうが、皆が羨むほどの高給で遇されているし、そこで我慢すれば幹部に昇進し一生安泰の生活が保証されるとなれば、上役の無理難題に対しても反抗せず歯を食いしばって我慢して―――ということになるのだろう。（先日、某メガバンクの行員に（プライベートに）聞いてみたら「確かに皆が皆という訳ではないが、あのドラマのようなひどい上役はいる。しかし、勿論半沢直樹みたいな奴は、まあ、いない」とのことだった。銀行に限らずどこの企業もおなじようなものだが。やっぱりねぇ〜。

「倍返し」というセリフが評判になったが、タカさんが思わずうなずいてしまったのは「銀行は所詮金貸しですよ」というセリフだ。このセリフ、昔から、銀行に頭を下げて融資して貰っている企業の経営者や、銀行員の高給をやっかむ庶民が陰でよく言っていた（言っている）言葉だが、同時に、これを言われると銀行の連中は、猛烈に反発をする、というのも昔からの決まり事のようなものだ。

銀行員にいわせれば、今の銀行はATMや公共料金の自動引き落としといった決済機能サービスや、証券や保険も取り扱い、投資機能を持つなど経済という肉体に金融という血液を送る心臓そして血管の役割を担っているのだ！「ベニスの商人」のシャーロックとは違うのだ！ということになるらしいが―――。

庶民にとって「金貸し」とは、やはりシャーロックや、病人の布団を剥いで持っていく借金取り（「しゃぼん玉ホリデー」でザ・ピーナッツとハナ肇がやっていたような―――ナツカシイ！）、あるいは「眼の玉売るか、腎臓売ってでも金返せ！」と迫るサラ金のイメージだが、半沢直樹の父である中小企業経営者が、銀行に融資を打ち切られ、担保に入れていた土地を差し押さえられて首を吊る――というストーリーから視聴者は、やはり「銀行は所詮金貸し」と思ったかもしれない。

そこで、ここからは、タカさんの銀行への(親切心からの)アドバイスなのだが―――この際、銀行は変に「自分達は金貸しとは違う！」という不必要な「プライド」を捨てたらどうかと思う。「ハイ、ハイ、私達は所詮金貸しです。一般の預金者から金を預かり（これは銀行が預金者から借金をしているのと同じこと）、その金を企業などに貸してその利ざやで稼ぐ、というのが銀行の主要な収入源なのです。慈善事業ではないですから、融資が焦げ付きそうだと思えば、半沢さんのお父さんからでも取り立てるのは当たり前、そうでなければ預金者のお金もパーになってしまいますよ！」と居直ればよいのだ。世の中どうも銀行は悪者、中小企業経営者は善良、というワンパターンに陥り易いが、もういちど冷静になって「金を貸した奴が悪で、金を借りた奴が善」なのかと考えてみればよいのでは―――。みずほ銀行のヤクザへの融資なんか見ているとあれはどうも貸した方も、借りた方も「悪」っぽいし。

「貸す親切、貸さない親切」という名言がある。半沢さんのお父さんに対しても銀行は最初から「貸さない親切」をしておけばよかったのかも知れない。まあ、それだとドラマが成立しないという問題はあるが。

（10/09/13 9:00pm S.T.）

ビックリマンチョコ問題

日本に消費税が導入されたのは1989年の竹下内閣の時、税率は3％だった。その20年近く前から浮かんでは消えていた消費税のアイデアが、導入の閣議決定されたのは、それよりも79年に遡るが、それから10年の間、なにしろ増税と聞けば反対（まあ、世界中どこでもそうだが）を叫ぶ国民と、それを煽るマスコミの「消費税反対」の声は強烈で、竹下内閣までに3つ程の内閣が「導入断念」「廃案」を繰り返した。

今もある「財政再建」というスローガンは当時の方が声高にいわれていたが、「庶民の声」は、「財政再建は必要だが増税は反対」という今と同じの無理難題であった。消費税導入推進を図るたびに与党自民党は選挙で議席を減ら、リクルート問題もあったが中曽根内閣は吹っ飛び、竹下内閣も消費税導入後半年で吹き飛んでいる。

あれから20年以上が経っており、さすがに｢消費税｣そのものに対する感情的な嫌悪感まではないものの、来年4月からの「消費税率3％上げ」に対する「反対の叫び」は、全く変わっていない。

89年当時、消費税導入に伴う混乱を囃し立てるマスコミの論調は酷いものだった。同時に実施された所得税率の引下げにはまったく触れずに「消費税分の3％の消費者物価の上昇のみならず、便乗値上げが一斉に起こる！」という新聞記事に、消費者は「これはもう倒閣するしかない！」と怒りの炎を益々燃え上がらせたものだ。(結局、消費税導入がきっかけとなってその4年後に自民党は政権を失うことになる)

「3％導入するとどんなに酷いことになるか！」という特集記事の中には、当時子供達の間で大ブームとなっていたシールのオマケ付菓子「ビックリマンチョコ」を買いにいった「子供が握り締めていた30円では31円になったチョコを買えなくて泣いている姿が目に浮かぶ」なんていうお涙頂戴話（当時も吹き出してしまったが）をまともに社会面に載せていた一流紙もあった。

今回の8％への3％上げに伴って「便乗値上げ」やら「下請けいじめ」が起きないようにと政府は600人の「消費税転嫁Gメン」を配置したという。「3％の増税分がなるべく消費者の負担にならないようにできる限りコスト削減努力をせよ！」と号令をかける一方では「コスト削減とはいっても、中間業者や下請けへの皺寄せはするな！」と言い、さらにはアベノミクス効果を出すために「従業員の賃上げに努力せよ！」という。もし、これらに背いた場合は企業名の公表のみならず公取や検察が動き出すぞ！というのだから、今の企業経営者も相当大変だ。

マスコミの方は、「3％上がった場合、80円切手はどうなる、160円のJR初乗り料金はどうなるのだ！」と20数年前のビックリマンチョコ問題から全く成長していない論法で大騒ぎをしている―――。

いやはや、日本という国、何年経っても成長しないばかりではなく、どんどん退化しているような気がしないではない。